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いつもテキトーすぎる旦那。

Fibromialgia という病気がある。
日本語では 筋線維症 というらしい。

そしてテレビにそれを患っている芸能人が出た。

旦那がその場でご飯を食べていた孫に言った。

旦那 「彼女、 Hemorragia (出血)なんだって。」

孫 「はい?なんだって?」

私 「Fibromialgia だよ」


スペイン語では、ほとんどの病気関連の単語が 「~gia (ヒア)」で終わる。

顎関節症 と 高所恐怖症 くらいかけ離れている。


医者の話をする時もそうだ。

~科 というのが 「~logo(ロゴ)」 という語尾になるのだけど、

いつも整形外科 (Traumatologo) に行くとか言う時、 「Dermatologo(皮膚科)」 とか言っている。

間違いにツッコんでいるだけで、会話はまったく進まない。 

.

黙らない。

私は、政治について、少しだけ関心がある。

昔はまったく政治に関心なんてなかった、ただのアッパラパーだった(笑)

世の中には山ほど、自分の知りえないことが起こっていて、一つの側面だけ見て、「これはいい」 「これは悪い」とかは判断できないかもしれない。

だから、ニュースをパッと見て絶賛することも、大騒ぎすることもない。最近では。


スペインでも賄賂事件のニュースがたくさん出る。
そして与党の議員が何人か捕まったのだが、与党は倒れない。
今、それを倒そうという流れもあるにはあるんだけど。

第二政党の政権時代も長く続いたが、その辺の人たちも賄賂事件っぽい疑惑は結構ある。
なので、いまいち押しが足らないのだろう。

しかし、その第二政党の党首が、かつての政権を握っていた元首相や元大臣 Barones(男爵)たち全員の応援を受けていたスサナ・ディアスが破れ、その辺の政党のえらいさんから全員にダメ出しを受けていたペドロ・サンチェスが勝った。

これからどうなることやら。

そんなわけで、スペインでは収賄罪で刑務所に行った議員がいるが、快適そうだし、さらには保釈金を払って割とすぐ出てくる。

庶民は食べるものがないほどの貧困で、拾った(盗んだ?)クレジットカードで子どものオムツや食料品80ユーロ程度の買い物をして、4年の懲役とかなったりしている。
当然、保釈金を払う金など持っていない。

政治って、誰のためのものなのかな?

私一人で何かを変えることなどできない。

だけど、そう思って、みんながその環境に慣れて、まぁしょうがない、って黙っていたら、そのやりたい放題やってる政治家を許しちゃってることになるよね。

私は許したくないな。

だから、自分で判断できるレベルのことくらいは、騒ぐ。
というよりも、意思表示をする。

本当はね、めんどくさいよね、こういうの。

もちろん反対の考えを持っている人もいるし、自分とは違う意見だからといって悪い人!とかも思わない。
でもそれは私にも言えることで、反対意見を言ってるから、私はバカだ、とか言わないでね(笑)

そりゃあ全てを考慮できるほどの頭脳はないし、なんの専門家でもないけれど、そんなこと言ったら全てを理解できて対応策を考えられる人間なんてこの世にはいないでしょ。
人はみんな、自分から視えてることしか考えようがないんだから。
(知らないことは思いもよらないでしょう?)

フェイスブックとかでも、日常の楽しいことばっかりとか、面白おかしい記事とかばっかり投稿しているのが、最終的には自分の仕事がやりやすくなるんだと思うけど。

フラメンコのことも、あれはダメ、こういうのがフラメンコだ!とかそんな意見とかも実は拒否されることが多くて。

もう最近疲れてきたので、そういうのもどうでもよくなってきたけどね。

でも黙ってるのは、それを容認している、ということなのだよね。

だから、私は意思表示をする。

黙らない。

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シンプルなものほど

スペイン料理は美味しい。

スペイン料理は結構シンプルである。

バリエーションがないわけじゃない。

特にアンダルシアの料理は、素材の美味しさを引き出すようなものが多い。


パエジャとかって、実はあんまり見たことがない。
他のご飯とかはいいけど、アンダルシアに旅行して、パエジャを頼むのはやめた方が賢明。

本場のパエジャを~、というなら、アンダルシアは本場じゃないから(笑)

夏に旅行して、食すべきものは、ガスパチョとかトマトやナスなど、夏野菜を使った料理がいい。

あと ハモン・イベリコ。

ハモン・セラーノというのは、白豚で作ったハモンのことで、安い。
が、わざわざスペインくんだりまで行って、ハモン・セラーノなど食べる必要はない。
イベリコ豚は違う味わいを持っている。

さらに ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ というと、ドングリだけを食べて育ったイベリコ豚で、最高級だ。
ほんのりドングリの風味があるような、ないような(笑)

昔のスペインは、豚といえばイベリコ種だけだったらしい。
が、最近になって白豚が外国から入ってきて、白豚の方が大きく育つので(脂肪がたっぷり)安く上がるということで、白豚の方がメインになっている。

イベリコの特徴としては、肉部分にサシ、つまり脂が入っていて、いわゆる霜降りのような感じになっているので、調理すると柔らかくなる。
普通の白豚は脂肪部分と肉部分がはっきり分かれているので、調理すると結構歯ごたえがあるものになる。

そしてイベリコ豚の脂は食べても健康にいい!という説もある。
(量によるでしょ、と思うけど)


あと、アンダルシアの夏の風物詩といえば、

 カラコレ(Caracoles)

カタツムリである。
ガラスのコップにスープと一緒に入ってやってくる。
うちに来る日本人の方々は、みんな美味しいと言って食べている。
スープはたしかに美味しい。

んだけど、、、、、見た目が気持ち悪くて私は食べたくない。
それをつかんで口まで持っていくことができないのだ。
(食べたことはあるが、特に内容はたいしたことない)

というわけで、私は無理せずパス。

でも一度くらいは試した方がいいかもしれないね。
レブリハとかは特にカラコレの産地(絶対その現場には行きたくないけど)なので、美味しいと思う。

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統合 2

こないだは、なんであんな記事を書いたのかというと、とある精神疾患を患っている人と話したことがきっかけだ。

今、入院中で、今までとは少し違う、その人にとっては新しい治療法をやっている。

正直、この治療法はしんどい。


基本的には、その人の精神疾患は、ただひたすら苦しい、、、生きていたくない、、、という状態が24時間、すでに何十年もそんな状態が続いている。

薬でも治らない。

もっとも、飲んだだけでスカッと治っちゃう薬とか、この世には存在しない気がする。

たとえば、コレステロールが高かったら、薬を飲む前に、生活習慣を見直さないと意味がない。

食事もそうだし、運動もしないといけない。


プリモ・バッティアンは、てんかん持ちなのだけど、アルコールを摂取すると、てんかん発作が起こる。
なので、酢も使わないし、マヨネーズも食べない。
アルコールを含んだシャンプーかなんかを使って、やっぱり発作が起きたとかも言っていた。

とにかく彼は徹底している。
苦しむのは自分だものね。

とにかく、薬だけ飲んだって、生活習慣を見直さない限り、病気は治らない。
私はそう考える。

その精神疾患の人は、薬だけ飲まされて、何もしない。
何もやる気が起きない。それも病気の症状の一つ、といってあきらめていたら、何も変わらない。
医者は「なんか運動とか手作業とかやってください」と言うだけで、なんにもしてくれない。

当たり前なんだけどね。


とにかく、その人と少し話していて、新しい治療法で人格が変わってきているという。

いつもだと、割とボケっとしている感じなんだけど、頭もはっきりしているようで、何かにイライラ怒っているような感じだった。
そして、こんな自分は本当の自分じゃない!
薬のせいでこんななっているんだ!

まぁ、完全に間違っているとも言えないが、それはさておき、自分が悪い人間に変貌してる気がする、と。

たまにその人のことを「聖人のようにいい奴だ」言う人もいる。
が、私は元々そんなにいい奴だとは思っていない。
だからといって、すごい悪い奴だとも思っていない。

しかし、いい人ぶってるのは私は知ってる。

しかし、病気のため、自分のことをいい人間だと信じ込んでいるふしがある。

悪い自分は認めたくない。

だからね。それで頭がおかしくなってるんじゃないかな、と思うわけ。
そして今、新しい治療法で、悪い自分が刺激されて、浮き出てきた。
さらに、現在、本当に苦しい状態なのだ。

人間は苦しい時、痛い時、不幸だと思う時、イライラして性格が悪くなる。

普通でしょ?

誰しも、いいところと悪いところを持っている。
全ての側面をひっくるめて、自分。

自分で自分の中身を統合させるのは、とっても大事だな。

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アルテについて

スペイン語で ARTE というと、アートのことで、芸術とか美術とかちょっと堅苦しいイメージもあるかもしれない。

しかし、たまに道端で、至るところで、爆笑の声とともに


「 Qué arte tiene !!!! 」

(なんてアルテを持ってるんだ!)


というセリフが聞かれる。


ここでの アルテ の意味は 「面白い」 という意味なのだ。

うまい小噺を聞いて、爆笑した後に「うまい!」って思ったりするでしょう?

あれのことです。


ただ面白くて笑っちゃった時でも(別に小噺でなくて)、そのセリフは使える。


だから ARTISTA というのは、突き詰めて言えば 「芸をする人」、 つまり

「芸人」

のことなのだよね。

「笑い」もアルテなのだ~

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統合

感情にふたをする。

自分はいい人でいたいから、悪い奴な自分を封印する。

親にいい子として見られたいから、悪い子な自分を封印する。



でもさ。

人間って、良い部分もあれば、悪い部分もあって当たり前だと思うのね。

しかも視点によるわけで、「それはすっごい悪い!」という部分も、別の視点から見れば「まぁたいしたことないよ」ともなるし。

誰がその部分を悪い!!!!と言ってるかといえば、実は自分が一番思ってるわけだよね。

悪口、批判は身近な人から言われると、非常に落ち込む。

だから、自分で自分自身のことを悪く思う、責めると、もう内臓から傷つけられる。


というようなことを誰かが書いていたのを読んだことがある。


しかし、まぁ、自分のこういうところが嫌だな!ダメ!と責めるくらいなら、実はまだいい。

それを完全にないもののごとく生きることもできる。

それは実は最も強力な自責なのだね。

だって、無視してんだから。

身近な人に無視されたら傷つく。

それが自分自身で無視しちゃってるから、自分に対する最強のいじめなのだ。



それは、精神壊れるよ。

私はわがまま先生

スペイン語を教えていて、個人レッスンなんだけど、生徒さんにはさっさと卒業してほしいのね。

早くスペイン語が上達してほしい。

かといって、ほぼ知識皆無の状態からしゃべれるようになるまでには、そこそこ時間かかると思うんだけど。

でも、一刻も早く、フラメンコなりなんなり、楽しむためにスペイン語ができるようになってほしい。


と、実はいつも一人で焦ってる。

生徒さん本人よりも焦ってる(笑)


元がゲーム好きなので、どうやったら生徒さんが早く育つか、みたいな気分。

人によって性格が違うから、どういう指導をしたら、どういう宿題を出したら伸びるかな~~

って、実は考えるのが、かなりワクワク。


今は昔と違って、インターネットでたくさん生のスペイン語のテレビ番組やラジオ番組が聴けるし、読み物だって、探せばいくらでもある。

そういう教材(これ見て、って投げるだけww)を探すのも結構楽しい。

間違える勇気。

スペイン語を教えていると、面白いことがいろいろある。

基本的に私は笑うことが大好きなので、なんでも笑いのネタにしようと常に待ち構えてるのもあるし(笑)

こないだは自分でも、日本語で 「泳げない人」 のことを言おうとして、 「トンカチ」 と言ってしまった(笑)

でもかなりニアミスじゃない?

爆笑まではいかないんだよねぇ。こんな時に、私には笑いの神様は降りてこないんだよなぁ~。。残念。

こんな時に、 こういう人 がうらやましいと思ってしまうのよね。


さておき、スペイン語の話。

現在分詞とか過去分詞とか、現在完了形とか、文法用語は日本語でもちょっと覚えづらい。

そんなわけで、突然 「じゃあこの単語の現在分詞を言ってください」 とか質問すると、たまにトンチンカンな答えが返ってくる。

面白いから、ついつい笑ってしまうんだけど、これでいいのです。

間違うかもしれないから、、、と黙っているよりも、間違って当たり前くらいの気概でどんどん言ってほしい。

案外、自分が考えてた答えで合ってたりすることがあるので、もったいない。


間違った答え、トンチンカンな答えを言ってもらわないと、どういう思考回路で勘違いしてるのか、何をわかってないのか、他人の頭の中は見えないので、どんどん出してほしい。

そして笑われてなんぼ(笑)

思い切って、どんどん間違いましょう!

それが早道です!

女子力?


友達の旦那さんは料理が好きで、よくご飯を作ってくれる、というよりも、料理担当らしい。

別に主夫なわけではなく、毎日忙しく働いている。

が、妻のために料理を作るのが幸せなんだそうだ。


いいよね。


彼女は天真爛漫な人なので 「わーい♪ ありがとう~♪ 旦那様大好き~♡♡♡」

という感じで、私から見たら大変微笑ましいのだが。

思わず自分が言った言葉が

「彼の方が 女子力 高いよね」




でも私も自分で言ってから、女子力って簡単に言ったりするけど、それってなんなのだろう?と考えてしまった。


ご飯を作ることって、女子力?


そんなこと言ったら、割とおっさんでも家でご飯を作る分担してる人もいるぞ?

女子力・・・・・・・ではないよね。

生活力 といえばしっくりくるかも。


毎日、子どもや旦那さんのためにお弁当を作ってあげる、とかは女子力っぽいなぁ。

でも、たまにレストランのような食事を作り、FBに写真をアップできるようなテーブルをセットできるのって、どっちかというと男性っぽい気がするのは私だけだろうか?

記事参照 男女平等? 


そう考えると、私は料理が割と美味しいってのは、自分の男性性を使ってるような気がする(笑)

おっさん力?

Brillo

プリモ・バッティアンがやってきた。

古いカセットテープを持ってきた。
何かと思えば、ベルナルダ、フェルナンダ、ペパ・デ・ウトレラ、ミゲル・フニのフィエスタ録音。

なんてこった・・・・・・

なんてこった・・・・・・

なんてカンテヒターノなんだ・・・・・・


この人たちの歌声、力強く輝いている。

そして少し聴いただけで、その人だとわかる特徴のある声。


フラメンコ、、、フラメンコ、、、フラメンコ、、、、


ベルナルダが目の前でちょっと歌っただけで、台風のようなエネルギーが立ち上がり、吹き飛ばされてるのか引力で引きずられているのかわからない感覚になったのを思い出した。

これが、4人一緒に・・・・・・

天然の人。

私は、いわゆる 「 天然 」 の人が好きです。

自分が好きと思っているからか、注意して見てるのでよく気づくのかわからないけど、どうも昔から天然の人がいつもそばにいると思います。

天然の人は、けしてバカとかアホなわけではありません。
それらの特性は全く別のものと考えないといけません。

というわけで、私が勝手に定義する 「 天然 」 とは。

他人と発想が違うこと。

それを一般人は 「ドジ」 「まぬけ」 と評しがちだけど、むしろそっちの方がすごいんじゃない?ということをやったりします。
人間社会は違う発想の人に対して排他的になるからです。


たまに、天然の人たちと話していて 「え?そう来た?」 と返答に戸惑うことがあります。

そして次の瞬間に、どっと笑いの波が押し寄せてくるのです。

狙ってない笑い。

いや、本人、普通のつもりなんだけど。


そういう時に 「この人、天才だわ」 と思ってしまうのです。

「はぁぁぁぁ??!!何言ってるの???!!!」

と、私の返答はこういう感じですが、「あなた天才だわ」という意味です(笑)

大爆笑とかしますが、けして馬鹿にしているわけではなく、ツッコミとしてそう言わないではいられないのです。
むしろ「ちょっと美味しい」という嫉妬さえ感じています(笑)



でも、本当、いわゆる天才の人って、発想が普通じゃないからいろんなものを発明したり、普通じゃないことをやってきたわけだから、私みたいな平凡な人間から見たら、羨ましい(健康的な意味で)と思ってしまいます。

パンタロン

パンタロン とはスペイン語でズボンのことですが、(”ロン”にアクセント)、最近では男性も女性もみんなズボンがピッタピタのをはいてますね。

女性ならまぁ、まだいいんだけど、男性もはいてるよね。
年配の人はともかくとして、若者から50代くらいまでのほとんどの男性がピタパンはいてます。

流行ってるんだろうけど、、、、

フラメンコのシーンでもピタパンはいてるバイラオールとかいるよねぇ。。。。

元々バイレに興味はあまりないけど、もうこれを見ただけで、ものっすごくテンションが下がるんです。

皆さんはどうなんでしょう?

これ、いい?

とにかく、お店を見てもズボンってそんなのしかなくて。

女性はまた、みんなスパッツをはいていて(スカートの下とかじゃなくて、ズボンのように着用)、まず私にはそれは無理。

好きじゃないな~、最近の服。

私がひねくれものなのか?

今、スペインではコンクール番組が大流行りである。

特に子どものコンクールで、元はアメリカ発の番組だと思うのだけど、VOZ という番組がある。

審査員は有名な歌手たちで、彼らが気に入った子を集めて、特訓して、さらにまた競う、、、というものなのだが。

たしかに歌もうまいし、ちょっとすごい子もいる。

まぁ、内容についてはどうでもいいんだけど、このコンクールだけではなく、有名な歌手の大きなライブ会場でのコンサートとかね。

歌ってる時に、特に素晴らしい時に観客が盛り上がって拍手したり、一緒にコーラスしたりするじゃない?

歓声とか、励みになっていいと思うんだけど。。。。。。。


もっとちゃんと聴きたいのに、聞こえん!!!!
黙れ!観客!!


私がひねくれてるのか?

肉の目利き

本やテレビで知る知識と、経験して得る知識というのは違う。

本物を見る、触れるというのは、全然違うことなのだね。



ハモンを食べていて、旦那が一部分を残していたのを見て、理由を質問した。

そこは神経なので、食べられないことはないけど、噛み切れないし、歯に挟まったり最後まで口に残ったりするので、ハモンを切る時には通常はよけて切るんだけどね、と。

私は脂肪と区別つかないので、普通に食べちゃう。
そういえばたまに最後まで残る部分があるな、と思い出した。

さすが実際に豚を殺して解体業をしてただけはある。


1時間くらい経った後、喉に何か絡まった感じがした。
毛でも口に入った?
にしても、ずいぶん奥までいっちゃってるな。

取ろうと思ってもなかなか取れない。
のどに指を突っ込んで取った。
舌に絡んでなかなか取るのが大変だった。


旦那が 「何だった?」

私 「・・・・神経でした(笑)」

旦那 「ねぇ~~~、言ったでしょ~~www」


やはり、体験と知識は全然違うのね、と痛感した次第。

時間がある、けど、ない。

日常生活で 「時間がない」 とか、 「時間がある」 とかいう言い方をすることがある。

そういう意味では私は「時間がある」人だろう。

なんだが、こちらの一般主婦がやるような家の手入れみたいなことは、ほぼやっておらず(笑)、まともに同じようにやろうと思ったら、時間はまったくなくなるはずだ。

月に一回や週に一回でいいものを、毎日やるなんて馬鹿げている。

と思ってしまうのだが、毎日やればやったで、スピードが相当上がるはずだ。
コツもつかんでくるだろうし。
やはり物事はなんだかんだ、かけた時間数によるのだ。


が、もう一つ大事なこと。

それは密度。

やる間隔が開きすぎると、次にやる時、またいろんなことを忘れていたりして、上達しないのだね。
毎日やっていれば、「あ、昨日はこんなだったから、今日はこういう風にしてみよう」とか記憶が新しいからこそ思いつく工夫も出てくる。

なんでも一緒なのだ。

掃除にしても、料理にしても、買い物にしても、ストレッチにしても、勉強にしても。

仕事なんかがいい例だ。
仕事は最初始めたばかりは手際も悪かったりするが、やってるうちに普通にこなせるようになる。
でも給料をもらうために、とりあえず行く。とりあえずやる。
頑張ることに対して、特に考えない。

しかし、家事とか趣味とか、「こうなったらいいなぁ~ *॰ْ✧ً⋆。*」と妄想することはあっても、誰もその労力に対する報酬というわかりやすい形ではくれないからねぇ。。。。

やる気スイッチを入れるには、「やり始める」しかないんだけど。。。。
だからやるしかないんだけどさ。。。。

メーデー

5月1日はメーデー。

日本では特に休みにはならないと思うが、こちらでは祝日でお休み。

今年から?セビージャのフェリアは土曜始まりになったらしい。
前は月曜の夜12時がアルンブラーオといって、フェリアの電飾をつけてスタートさせる日だったのに、2日も早まった。
こいつら仕事する気、まったくないな(笑)

まぁ、レブリハはどうせフェリアは関係ないけど、セビージャの病院とかがね。

全然関係ないが、こっちで映画を見ていて、船でSOSを出す時に 「メーデー!メーデー!」 と言っていた。

日本もそう?違うよね?

タイムスリップ?

昼ごはんの後、なんとなく旦那が歌い始めた。

合わせて私も一振り踊った(笑)

そのあと、旦那はまだまだ歌い続け(そんなに本気ではなくて)、そのうち踊り出した。


・・・・・が。

「アントニオ・マイレーナはこんな風に踊ってた」 と言いながら。

何気ない踊り、簡単で誰でもできそうな踊り、でもそれは技術ではなく、そこから昔のフラメンコの匂いが立ち上がっていた。

思わず、

ォ、ォ、オォレェェェェーーーー

唸ってしまった。

こんなこと、誰がする?今どき?

美しいとかカッコイイとかじゃなくて、コンパスと体の一体感というのだろうか。

彼の、アントニオ・マイレーナと過ごした時間の転写を見ているようだ。

スペインで嫌なこと その2

以前にも似たような記事を書きました。

スペインで嫌なこと

私は結婚する前はスペインに住みたいと思っていたわけですが、もちろんスペインに住んでていいなと思うこともたくさんありますが、やっぱりたまには嫌なこともあります。
どこも住めば都ではあるけれど、いいことも嫌なこともある。

さて。

今日はスペインで嫌なことシリーズ。
というよりも、一階に住んでいて嫌なこと。

うちは一階なんですが、キッチンの窓は床までの大きな窓なんですが、外からだとちょうど人の胸の高さくらいになります。

そんなわけで、窓を開けていると道行く人々が必ず覗いていくこと。

いや、まぁ人間心理として理解できるんですがね。私もなにげなく他の家とかも見ちゃうこともあるし。

なんだけど、子どもに覗かれたりとかね。。。。
物売りが来たりとかね。。。。

こないだも午前中、突然窓から

「ペパーー!!」

とデカい声で呼ばれて。

もう3回くらい来てるんだけど、このおっさん。
窓には鉄格子がついてるんだけど、そこに顔つっこんで(入らないけど)大声出すので、急に家の中から知らない人の声がするので、死ぬほどびっくりするのです。

「ぺパとか知らんから」
「あれ?ねーちゃん、ピーマン買う?」

野菜売りのおっさんでした。


また、隣のおばさん(同い年)もそんな感じで急に来ることはしょっちゅう。
いくら知っていても、急に家の中で声がするわけだから、めちゃくちゃビックリして、心臓止まるかというくらい驚きます。

何しに来るかというと、ニンニク一個ちょうだいとか、柔軟剤少しちょうだいとか、とにかく何かしら細かいものをねだりにやってくるのです。
または、サロン(居間)の窓は人間の背より高いので見えないのですが、手は届くので、ガンガン窓を叩かれて呼ばれる。

朝っぱらからキレそうになることもあります。

日本では考えられないわぁ・・・・・

練習の盲点

スペイン語学習でも、ある発音が苦手だ、とかある。

フラメンコの踊りでも歌でも、ある箇所が苦手だ、とかあるよね。

それを個人で練習して、頑張って修正しようと思ってる人、ちょっと待って。

それって、練習が足りないんじゃなくて、それをやるのに必要な基礎(スキル)が足りてないんじゃない?

たとえばよくスペインのカフェテリアの外の席で、テーブルがガタガタ揺れることってあるよね。
あれはどうして?
テーブルの脚一本の長さが少し短いとか、地面が斜めってるとか、いろんな原因があると思うけど、要は一本だけ足が着いてないから起きるわけよね。
そんな時に、紙ナプキンとか折りたたんで調節したりすることあるよね。

でも面倒くさい時は、そのまま、なるべくガタッと言わせないように、バランスを取りながら、ちょっとそのバランスの取り方も極め始めたりして(笑)


フラメンコとかでも発音でも、結構頑張ってもできない時。
そんな時に、無理してさらに頑張ってそれだけできるように一人で練習!は避けた方がいい。

なぜなら、それをするために絶対的に必要な何かが欠けてることがあるからだ。
たとえば先の話でのテーブルの足部分の長さだったり。

だから、何かできない時は、誰か監督のような人(普通は先生)に見てもらいながらがよい。
でないと、無理に自分で落とし前をつけようとして、妙な形で納得して、さらにそれが癖になることが多いから。

でもそれじゃあ見てくれる人がいない時はどうすればいいの?!

そんな時は、本物を見る、聴く。
たとえばフラメンコならビデオやCDでもいい。
もしかしたらそのできないことのヒントがあるかもしれないんだけど、そんなことすらも考えないで、ひたすら自分の中にフラメンコのアイレを溜める。
自分の感覚を慣らさせる。

スペイン語も同じで、ひたすらラジオやテレビ(現地の番組)を聞く。
スペイン語を聞いても怖くなくなるまで聞き倒すのだ。

なにもしないで、ただその環境に漬かるというのはすごく大事。

時間はかかるよ。

一日やったくらいじゃ何にもならないけど、毎日少しずつでもやったら何か世界が変わるはず。

モチベーション

趣味のモチベーションを保つってのは、難しいんだねぇ。

仕事とか学校の単位を取るための勉強とかだったら、モチベーションがあろうがなかろうがやらなきゃいけないから、苦しい時期も乗り越えられる(強制的に続けざるをえない(笑)んだろうけど、趣味でやってること、というのは、本人がやりたいからやってるんであって、誰に強制されてやってるわけではない。

フラメンコの踊りとか歌とかも、自分が楽しいと思える練習だけやっててもいいし、それだけ上達したっていい。

なのだが、スペイン語とか語学というものは、あくまでもその趣味を楽しむための 「 ツール 」 だ。
つまり、趣味そのものではなく、それの付属品である。

体育系の趣味に例えてみると、たとえばテニスとか体操などでもっと上達したければ、筋トレも必要かと思われる。
ダンスとかでは、しなやかな体を作るためにストレッチなどして体づくりが求められる(はずだ)。

筋トレとかはまぁ、しんどいよね。私みたいな文化系人間にとっては(笑)

それにしても、こんな私でさえ柔軟体操を毎日してれば少しはマシになる。
割とやりやすいことだけやっていても、少しずつ進歩する。

しかし語学は同じことばっかり言っていても進歩しない。
たくさんのことを覚えてなんぼのものだ。

物事によっては、覚えるのがしんどかったり、理解ができなかったり、妙にすんなり覚えられるものがあったり。
こればっかりは人それぞれね。

いずれにしても、壁にぶつかる時期というのがあるわけだ。

さらに、スペイン人がいる環境にいる場合、すぐにでも話したい、話せる日本人がうらやましい、と焦ってしまう。

せっかく頑張ってるのに、頑張れば頑張るほどコンプレックスを感じてしまう。
フラメンコも理解が深まれば深まるほど落ち込むことがある)

そうすると、負けん気でさらに頑張る人と、モチベーションが下がってしまう人の二種類がいるわけだ。

しかし、負けん気でいつも頑張っていても、モチベーションが下がるほどの壁にぶつかる時期は誰にでも来る。
その壁の前でうろうろしている期間は一体いつまでなのか、誰にもわからない。

そんな時ほど、焦らず、ただ目標だけを見るといいよね。

丘の上

実は私には、強力な応援団がいる。

その名も 「 丘の上三人組 」

旦那と一緒に日本に滞在した時に、めいいっぱいお世話してくれた。

元々この三人は仲良しだったが、ところてん方式に我々がギュッと押し出して、結束した感じ。

丘の上の結成のきっかけは、ミゲル・フニ。


なんで丘の上という名前かというと、結成当時は「丘の上」というところに住んでいたから、そのまんま(笑)
現在は札幌に三人で引っ越した。

が、私にとってはあまり関係ない(笑)

だって東京にいようが札幌にいようがネットでつながってるもん。

東京ってね、私は好きだよ。
でもそれは、自分がそこで育ってるから。
小さい頃からの思い出がそこにあって、なじんでるから。
だから、ほとんど行ったことない場所とか、いくら同じ東京と言われても、別に好きじゃない。

しかし。

やっぱり東京って、フラメンコとかやってると、いろんなイベントがあるのね。
いろんなスペイン人が来て、まず通るのは東京。
どんな公演も東京だけは外せない。

当たり前のことだと思うんだけども、いつもフラメンコのシーンには欠かさず登場していた彼ら。
だって私だって、そのおかげで友達になったわけだから。

それが札幌となるとね、話が全然違う。

昔、私が日本でフラメンコをやっていた頃の北海道在住の友達は、東京で知り合った人がほとんど。
本州のことを 「内地」 、東京のことを 「 中央 」 と呼んでたわ(笑)

なので、今まで何かのイベントに参加してた側の人間が、いきなりイベントがなくなったので、今度は自分らでイベントやっちゃおう!という感じになってます。

そんなわけで、今までの東京にいた時よりも、応援が必要。

丘の上が愛するフラメンコ、それは繊細な、純粋な、パッと見、派手ではないけど、一緒にいればいるほどじんわりと体に染みてきて健康になれるようなプーロフラメンコ

そういうものを知るきっかけ作りをしていってくれると思います。

時々スペイン人のクルシージョとかも札幌で企画してるみたい。
とはいっても、なにせ丘の上セレクトのクルシージョは、踊ることが目的ではなくて、フラメンコを理解するためのポイントを体験するところ。
自分は踊り手じゃないから、、、なんて尻込みしてたらもったいない。

そんな彼らの活動が知りたい方は、こちら >>> Casa de la Colina 丘の上通信

ミゲルの講演会

昨日はペーニャでミゲルの講演会がありました。

結果から言うと、とてもよかったです。

なかなか貴重な機会でした。

お話しの方はフラメンコの話などしていたのですが、今のアンダルシアではフラメンコに対しての敬意がない。日本や他の国でも公演でお客さんがおしゃべりをしてるとか、そんなことはない、と。

そんな話をしてる中、ペーニャの会員のおっさんが写真を撮っていたのだけど、写真は別にいいとして、食器をカチャカチャ言わせながら、食べ方もくっちゃくっちゃと結構大きな音を立てていました。
私はそういう食べる音が非常に苦手なので離れたんだけど、離れても聞こえてました。。。。

さらにステージのすぐ横にいたのだけど、ミゲルが話している最中も、最前列でポテトチップスを「ブォリブォリ」という音が鳴り響き、電話は鳴り続け、、、、、これぞレブリハクオリティ。いや、アンダルシアクオリティなのか?

ミゲルはそれからソレアとシギリージャを歌い、聞いていて、 「 今日この瞬間というのは、今の瞬間しかない 」ということを強く思いました。
いいとか悪いとかじゃなくて、瞬間瞬間に起こることというか。

ソレアもすごくよくて、シギリージャも苦しみ(普段のいろいろな苦悩を知ってるだけに)ながら歌っていました。

こういうのは一体なんだろう?

苦しみも芸の肥やしになる、みたいな雰囲気のことを言う人もいるけど、たかだか歌や踊り、芸術のために自ら不幸になりたいとは思わないな。

インスピレーションがどんどん出てきて、ハッと息を飲む瞬間が何回かあり、今まで聞いたことない何かも出てきていました。

この人は、進化していくのか、それとも常に変化していくのか。。。。

最後はブレリアだったのだけど、私もしゃしゃり出て後ろでパルマを叩きました。

その時々のインスピレーションでいろいろなものがその場で創造されていくフラメンコ

歌詞も音楽も踊りもいつもいつも新鮮。

体力問題。

やはりね。

体とか筋肉というのは、使わないと衰えるものなのよね。
使ったら使っただけ通常は発達していくものなのよね。

FBで100年前の日本人は体力がすごかった!という記事を読んだのだけど、こういうの見るたびに、疑問に思うのよね。

日本人だけかい?

100年前というと、うちの旦那のおじいさん世代が若者だった頃ね。

旦那の話によると、旦那のおじさんはよく仕事でセビージャまで歩いて行っていた(60km以上ある)とか。
130kgくらいある殺した豚をかついで市場に持ってったとか。

ひいじいさんは、ここからマドリーまで(500kmくらい)歩いて行ったとか。

昔は洗濯機もなかったので、女性は洗濯板を使って毎日ごしごしと服を洗っていたわけだし、ガスパチョという野菜スープがあるが、今でこそミキサーで一瞬でできるが、昔はすり鉢でゴリゴリ砕いていたらしい。
一回、ハンドミキサーが壊れて挑戦してみたけど、とんでもなく大変だった。
洗濯も、旅行に行って軽く下着を洗ったりとか、そんなレベルだったら大したことないと思うが、普通に洗濯機のない生活というのは別のレベルだ。
また、昔の男たちの仕事といえば、野良仕事とか汚れる仕事も多く、そんなものを手洗いする。。。。
朝から晩まで働かないと追いつかない。


昔はスペインだって、畑仕事の人は、パン一切れ(小さい)にトシーノ(豚の脂身)を薄く切ったやつ、ニンニク、トマト、などを一つ食べて、それだけで一日働いてた、とアンソニーニがビデオで言っていた。

今から考えると、恐ろしく小食だ。

そう考えると、100年前の日本人がおにぎりを食べていた、とみると、むしろそちらの方が豊かである。

みんな、「昔の日本人はすごかった!」と言ってるけど、そうじゃない。

昔の人はすごかったんだよ。

我が家のPC問題。

現在、スカイプを使ってスペイン語レッスンをやっているわけだけども、我が家のPCは前回日本に行った時に購入したもの。
当時はあまりスカイプの重要性も感じていなくて、割と適当に買った。

いや、マイクとカメラが普通に内蔵されてるから、こりゃ便利!と思ったのだけど、ほどなくして壊れた(笑)

そんなわけで、前のPCで使っていた外付けのカメラを結局使っている。
しかしマイクがね。。。。。

前のヘッドセットはプラグがマイク用とイヤホン用と2つある。

そしてこのパソコンには1つしかない。

マイクだけでも使いたいと思って刺しても、反応しないのだ。


そこで、たまに行くパソコン屋さんに行って相談してみたところ、2つの端子を一つにまとめられるものを勧められた。
たいして高くないものだったので別にいいが、使えなかった。

結局、USB接続のサウンドカードでそこにマイク端子とイヤホン端子をつなぐ、ということでヘッドセットが使えるようになった。
音質もいいし、やった~!と思っていたのもつかの間・・・・

最初の頃の使用頻度は週に2時間程度だったのだけど、3ヶ月くらいでそのサウンドカードは突然こと切れた。

お店に持っていったら保証期間内ということで変えてくれたんだけど、またもや3カ月後同じ結果に。

また変えてくれたのだが、使用頻度が上がったらさらにその期間は短くなった。

他の店でサウンドカードを探したら、別のメーカーだったので買ってみたのだけど、壊れはしないが、どうもマイクの音質が前のと比べてよくないらしい。

ネットでヘッドセットについていろいろ探していたら、端子には3極、4極というものがあることがわかった。

PCについてる差込口にイヤホンをさしたら、それは問題なく使えるものらしいが、マイクは使えないというのはみんなそういうもんらしい。
なので、マイクとイヤホンが一つになってるタイプのイヤホンマイクを使えばいいらしいのだが、なんのこっちゃ?と思っていると、どうもそれはスマホについてるイヤホンマイクのことらしい。

3極タイプというのは、いわゆる従来のイヤホンもしくはマイクの端子なので、規格が結構安定していて、だいたいどの機種にも対応できるらしい。

4極タイプというのは、まだ新しく、4極だからといって、たとえば自分のスマホのイヤホンマイクを他の機種にさしてうまくいくかというと、案外そうでもないらしい。

な る ほ ど。

人生、勉強ね。

este viernes conferencia de Miguel Funi

今週の金曜日4月21日、ペドロ・バカンのオメナヘの一環で、レブリハのペーニャでミゲル・フニの講演会があります。
司会進行はペドロの息子、セバスティアンが務めます。
多分、こういう機会はあんまりないんじゃないかと思います。
フラメンコ学者のインタビューよりも興味深いと思います。

歌も少し歌うようです。

4月21日(金) ミゲル・フニ講演会
レブリハのペーニャフラメンカ
21:30
入場料は多分無料

スペインにいる方はお誘いあわせの上、お越しください。予約は不要です。

サライ隊長の逆立ち

サライ隊長は明日で8歳7ヵ月になる。
(本人いわく、明日で8歳半だ!ということだが、過ぎてるから。算数だけは得意ではない様子)

今日はシエスタの時間にやってきて眠かったが、奴は元気いっぱいだった。

大人たちはダラダラとおしゃべりをしていて、つまらないので私がキッチンで昼食の皿を洗っているところに来た。

なにやら廊下で逆立ちをしようとしている。

廊下は狭いので、壁を後ろ足で蹴って逆立ちしようとしていた。
背が足りないので結局それはできず、頭とひじをついてさらにチャレンジしていたが、できなかった。

8、9歳って日本だったら3年生だよね?
普通に壁に向かって逆立ちだったら、誰でもできたような記憶があるのだけど、気のせいか?
自力だけでは倒立はできたことないけど、壁ありなら普通にやってた。
私ができたくらいだから、たいがいの人はできるはず(笑)

なんとなく、感覚的にできるような気持ちになって、思わず見本を見せようと手をついたが、脚を浮かそうとした瞬間、

「 おもっ!!!(重い) 」

これ、調子に乗ってやったら、大怪我するパターン(笑)

すぐやめた。

サライ隊長とお互いにできないことをバカにし合って終了。

しかし、もう自分はあの頃の体ではないのだなと思い知る今日この頃。

sin falta

sin falta という言葉がある。
falta というのが「欠くこと」で、sin というのは英語で言うところの「without」なのだけど、 sin falta で「絶対に!」みたいな意味だと思う。

なんだけど、なぜだかこちらのスペイン人と話してて、

「明日電話するよ!Sin falta」
「明日家に行くよ! Sin falta」

と、この言葉を放った時は、現在の私だけの統計だと99%やらない。(100じゃないのは、もしかすると記憶漏れがあるかもしれないので)

スペイン人は時間にルーズだというイメージがある。

それ自体は、はっきり言うと嘘だ。

単純に人による。

が、時間うんぬんよりも、すっぽかすということに関しては、断然スペインはすごいことになっている。

いや、別にね。来れないとか、できないとか、ダメならダメでいいの。

でも連絡を一言ほしいな、って話。

あっ、でもあれか。48時間遅れで連絡くれたりしてるのか。


というわけで、Sin falta と言われた時は、「まず、ないな」と思うことにしている。

愛ちゃん。

親友の愛ちゃんが、なんと自分でホームページを作ったようです。
リンクはこちら >>>  小杉 愛 フラメンコ教室

愛ちゃんは今、地元の和歌山に戻って、自分でフラメンコの踊りの教室を始めたばかり。


彼女と知り合ったのは2005年の終わりごろ、あやちゃんの紹介だった。

紹介、というか、たまたま一緒にお茶しただけだったのだけど、その時は3人で妙に意気投合して、いろんな話をしたのを覚えている。

なにか、おとなしそうだけど、時々突拍子もない発言(でも面白い)をする人だな、というのが第一印象(笑)

それからセビージャで私がピソを紹介してもらったり、逆に私が別のピソを紹介したり。
そして一緒のピソで共同生活をした。

2010年、東京の私の一人暮らし住まいにやってきた。6ヵ月くらい一部屋に一緒に住んでた。

いろんな人に、一部屋に2人で住むって、大丈夫なの?息苦しくない?とすごく心配されたけど、予想をはるかに超えて、ただひたすら楽しかったのを覚えてる。

その時にフラメンコのこととか、いろんな話をしたけど、特に印象深かったのは これ

彼女は新人公演に出たりしてたけど、「もうこれは、私の中では祭りやで!」とめいっぱい楽しんでた。
とってもキラキラしてたなぁ。。。。
たまに練習やりすぎて、休みどころを知らず、突然「あ、ふくらはぎ、もげそう」と言ってきたり。
とっても射手座っぽい方(笑)

そして案外真面目に、落ち着いて踊るのね。
珍しく、マルカールを大事にしてる人。
細いのに、どっしり踊るんだ。
そして真面目に踊る。
私、こういう真面目さは好きです。

今はまだ少しお休み中だけど、5月からはレッスンなどを再開するみたいです。

もしかすると、たまに何を言ってるかわからないこともあるかもしれないけど、「もしかしてこんなことを言ってるの?」と自分なりの解釈を伝えると、スムーズに交流しやすいです(笑)

ページに「笑いのたえないクラス」と書いてあるけど、容易に想像できます(笑)


追記(4/25)
いよいよ5月からスタート、6月からも新しいクラスで新規募集だそうです。
詳しくはホームページで。

オリーブオイルの消費

スペインの食卓では、オリーブオイルが欠かせない。

まず、煮込み料理を作るにしても、最初にんにく、玉ねぎ、ピーマンを炒めるためにオリーブオイル。

もしくはポターヘを作る時は、調味料として鍋にドボドボと大さじ5杯くらいは入れる。

サラダにもわざわざドレッシングなどは作らず、そのまま塩とオリーブオイルとビネガーをかける。

トーストにはオリーブオイル(エキストラバージン)をかけて食べる。

お通じをよくしたい時は、大さじ一杯飲む。

お菓子でも、バターの代わりにラードやオリーブオイルが使われる。
(うちはお菓子作りませんw)

などなど、とにかくオリーブオイルは必需品なのだ。


我が家でどれくらい使うかというと、だいたい1週間で1リットル前後。
揚げ物をする場合はヒマワリ油を使うので、本当に上記だけの使い方でこれだけ消費する。

しかも私は揚げ物をしない。
後片付けにイライラするから(笑)

セマナサンタで事件

今、ヨーロッパはテロに怯えている。

こないだも、スペインの米軍基地から出発した駆逐艦からシリアに向かって59発のミサイルが発射された。
さっそくヨーロッパ、スウェーデンでテロ。

そしてすぐにセマナサンタに突入し、初日のDomingo de Ramosにはエジプトのキリスト教の教会でテロ。

セマナサンタで世界でも人が大勢集まるのは、おそらくセビージャの木曜夜(Viernes Madrugada)だろう。

テロじゃないにしても、今これだけ世界情勢が不安定な状態では、多分ペタルド(爆竹)一つでパニックになるんじゃないだろうか?

と、思っていたら、昨日の朝4時ごろにそれが起きたらしい。

100人くらいの人数が怪我をしたらしい。

先日、マラガでも同じことが起きて、やはり大勢の人がパニックになって逃げだし、大勢けが人が出たらしい。


私の方にも日本大使館からのお知らせメールがことあるごとに届く。

あまり人ごみには行かないようにとか、旅行に行く時は気をつけろとか、大使館にお知らせしろとか。


レブリハにテロリストが来ることはまずないし、どこに出ていかないので私自身は問題ないけど、嫌な世の中だねぇ。。。。

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プロフィール

のと あきこ

Author:のと あきこ
スペイン南部のレブリハ在住。
年上の旦那と暮らしています。
フラメンコ、特にカンテヒターノに恋をして、好きなことだけ追っかけていたら、こんなところにたどり着きました。

スペインに関わり始めて早や20年が経ち、定住し始めてから7年です。
スペイン語を語学学校で勉強した経験と、おうちで身に着けたアンダルシア弁を活かして、スカイプでスペイン語を教えています。

ご興味のある方はメールフォームよりご連絡ください。
詳細は「生徒さん募集」の記事をご覧ください。
こちらの記事も参考にしてください。
スペインのスペイン語と南米のスペイン語

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