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ひいじいとひ孫の会話。

旦那が、孫と話そうと思って、元嫁の家に電話をした。

だいたいいつも、ひ孫(サライ隊長(8))が電話を取る。


旦那 : サライ― 調子はどうだい?

隊長 : 元気よ。明後日、お母さんたちとマラガ(海)に行くの。

旦那 : なぬ?!じゃあお前もビキニ着るのか?

隊長 : もちろん。2つ持ってるよ。

旦那 : じゃあ、俺にも一つ(ビキニのこと)くれ。

隊長 : いやだ。

旦那 : なぜだ?!

隊長 : いやだったら、イヤ。

旦那 : なぜだーー!!!

隊長 : いやったら、イヤーー!!

旦那 : ちぃっ!!!


横で爆笑してしまった。

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なにがあるかわからない。

人生って何があるかわからないよなー

もっとも、

不摂生してて病気になりましたー

とか

すごい勉強して試験に合格しましたー

とか

働いてお金を貯めて家を買いましたー

とか、そういうのはある程度わかる。


わからないのは、人との出会いだったりする。

たとえば私みたいに、フラメンコ、特にミゲル・フニとかその辺のファミリーに会いたくて会いたくて、ストーカーのごとく近隣地域をうろついたりしてれば、いつか会えるかもしれない。
(こないだネットのニュースで、AKBファン?が好きなアイドルの住んでる地域をうろついていたのがストーカー行為と訴えられたそうな。私はファンの人の気持ちが痛いほどわかるw)

出会ったからといって、そこから先があるかどうかは、普通はない。


いい人と出会ったわー

といって、結婚したからといって、その人と一生うまくいくかはわからないし、
別にそんなに惚れてるわけじゃないけどー、といいながら結婚しても、うまくいくかもしれない。

なんとも言えないよねー


だから人の歴史って、人の数だけあって、いろんなストーリーがあって面白い。

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暑さ注意報。

ヨーロッパのフライパン と呼ばれるアンダルシア。

昨日から熱波がきていて暑い。

いや、もう 熱い。

テレビでは暑さ注意報が出ているが、その種類には

Alerta amarilla (黄色)

Alerta naranja (オレンジ)

Alerta roja (赤)

とある。信号の黄色から赤までというイメージか。

そんなわけで昨日の警報は真っ赤っか!!

3時~6時くらいまでが一番暑いので、こっちではシエスタの習慣があるのは当然のことだと思う。

だって、台風で外が暴風雨だったら、誰も外に出ないでしょ?
それと一緒。
太陽光線は下手すると暴風雨なんかよりも危険。

ヨーロッパ人、特に白人は皮膚がんの人が多いと思う。
だって、ビーチが大好きだから。

自分、白人なのに、「なんて素敵!太陽!」と言って、心ゆくまで体を日焼けさせている人が多い。

私は、、、ないな。

別に白く保ちたいとかいう願望もなく、日常のおつかいだけで夏は結構黒くなる(笑)

さらにビーチとか、、、暑いからパス。

昔、カディスに住んでた時、目の前が海で、ビーチから徒歩30秒(もはや海の家か?)というピソに住んでいたが、半年いて3回くらいしか水着に着替えたことはない。
家のサロンからのオーシャンビューが素晴らしかったので、それを満喫していた。
着いた初日は波の音で眠れなかったっけ(笑)

しかし、実際のところ、海の近くは内陸ほど気温は上がらないらしいので、海に行くというのは理にかなっているのかもしれない。

さておき、昨日からの熱波。

ニュースを見ていたら、コルドバが47℃、モロンでも道路工事現場(アスファルト)の人が一人死亡、など穏やかでないニュースがやっていた。
そしてセビージャの温度計はついに50度と出ていた。

まだうちみたいな田舎は夜はある程度、気温が下がるのだけど、セビージャの街は全体が石畳や道路が舗装されているので、夜になっても38度とか40度近かったりするのだよね。
一度、カルトゥーハというところで夜の公演を観に行った時、椅子に座っていたけど、なんだかお尻から煮られているような気がして、裸足になって石畳を触ったら結構熱かった。(日が落ちてから2時間くらい経ってる)

街全体が石焼ビビンバ状態。

マンションとかは上階の方が暑い。
特に最上階。

昼間は窓を開ければ灼熱風が入るので、窓も閉め切り、シャッターも閉め切って真っ暗にする。
我が家は一階なので、全部閉め切れば案外そこまで暑くはならないので助かっている。

こんな暑さの中を用事があって歩いている時、気分というものが吹っ飛び、ちょっと楽しくなってくるというか、頭がアッパラパーになれる。

多分、脳みそが煮えてくるのだと思われ。


ま、暑い時は無理に外出するのは禁物。

母国語と切り離す

語学学習をするのに、大事なポイント。

簡単な言葉さえ出てこない、という人にありがちなのは、

「スペイン語の文を作る前に日本語で考えてしまう」

まぁ、私も前はそうだった(笑)

日本で生活して、日本でスペイン語を勉強している以上、しかたないのかもしれない。
辞書をひくともちろん日本語で言葉が定義されているし。

実は。

そこが問題なのだ。

たとえば

米 = ARROZ

だが、米を見て 「米!」 と日本語を一度思ってから、 「ARROZ!」 と脳内変換する。

この日本語を一度言わなきゃいけない(脳内で)過程が非常に邪魔なのだ。

これをやっている間に会話はどんどん進み、単語だけならまだしも、文となると一度日本語で文を作ってからスペイン語に変換していくわけだから、時間がかかり、会話のスピードについていけず一言も発する時間がない。


言葉と物(視覚や感覚に訴えかけるもの)はイメージが結びついて覚えやすいが、
言葉と言葉(文字列と文字列)を覚えるのは結構難しい。

言葉というのは、自分の体の中から出てくるものだから、体の中に感覚的に存在しないものを出すのは非常に難しい。

だから日本語で一度考えてからスペイン語に訳した文を言おうとすると、インターネットの自動翻訳機能みたいな文章になってしまう。

単語の意味を覚える時は、「だいたいこんな意味ね」と大雑把に、そして対象物を深くイメージして覚える方がよい。

そうして覚えたら、日本語とは切り離す。


難しいんだけど、これにチャレンジしていかないと、上達はない。

語彙を増やす

言語で重要なのは、発音、文法、語彙、であろう。

そんなわけで今日は語彙について。

大学時代に外国語学習法の本を読んだのだが、そこで書かれていたのは、

「とにかく語彙を増やす」

ということだった。

どの先生の本かは忘れたが、その先生のお友達が一緒にフランスだかに留学していて、自分は一生懸命文法を勉強していたのを横目に、お友達はずーっと単語帳を開いて語彙を増やすことしかしなかったという。
(現在は二人とも言語学の教授)

結果、お友達の方が早く会話ができるようになった、という結果報告。


最近特に思うのは、もちろん文法は大事だが、細かいところまで完全理解して使いこなすというのは、感覚的なところまで落とし込むということでもあって、相当な時間がかかる。
そして、練習によってしか身につかないものだ。

しかし、語彙が全然なければ、コミュニケーションが非常に限られるので、練習の機会さえもない。

間違っていても、たとえば50~80%くらいの文字があっていれば、なんとなく通じてしまうものだ。

まったくの文法知識ゼロでは困ってしまうが、とにかく最初のうちから語彙を増やすというのは、重要なのだと思う。

以前の記事にも書いたが、やはり日常会話をするには、3000語くらいは必要であろう。
しかし、ただひたすら3000語、市販の単語帳などで覚えるのは、苦痛だし覚えられない。
やっぱり面白くなくちゃ、モチベーションが保てないし効率も悪い。

そんなわけで私は、語彙を増やしたい方には、スペイン語の本をお薦めする。

本、たとえば小説や子ども向けのお話しなど、テーマが決まっているので、同じ単語、関連した単語が何回も出てくる。
そうして読み進めるうちに、その単語の使い方や意味なども定着していく。

最初はもちろん簡単な本がいいと思う。
そして、重要なのは、面白そうな本がいい。

フラメンコについて書かれている本を読んだらいいですよね?と言われたこともあるが、正直言ってお勧めしない。
というのは、私自身、フラメンコの本ってつまらなくて、読み終えた試しがないからだ。

自分の心がワクワクするような、少なくともちょっと面白い本が感覚的にも残って、スペイン語の勉強になると思う。

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Maria de la O

マリア・デ・ラ・オー

スペインの映画のタイトルだ。
主人公の芸名で、それが歌にもなっている。

ローラ・フローレスも同タイトルの映画に出演しているが、もっと古いので カルメン・アマジャ が主人公の白黒映画もある。

昨日はテレビでそっちの古い方が放送されていた。

どっちかというと、個人的な見どころはそこに登場する パストーラ・インペリオ だったりするんだけどね(笑)

彼女のブラセオが、とっても プーロ プーロ プーロ!!!

もうそこには女性も男性も関係なく、ただひたすら ヒターノ!!! という感じ。

いつもこれを見るたびに、旦那が家で踊ってるところを思い出す。


ちなみに、旦那のお父さんはセビージャのフェリアで、パストーラ・インペリオと一緒に踊ったことがあるらしい。
たった80年くらい前の話。

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変な夏

今って夏よね?

スペインの夏は完全に乾季だったはずなんだけど、今年は雨が降っている。

アンダルシアでさえ、こないだ雨が降った。

私は夏になると、天気予報は気温しか見ない、ほとんど気にもかけないのだが、たまたまテレビを見ると、北やマドリーなどの中央でも雨のマークになっている。

今年は冬に全然雨が降らなくて、これで暑くなったら水不足だなぁ、と思っていたけど、なんだかそういうわけで涼しかったりする。

そうは言ってもこないだは熱波が来て、クッソ暑かったりしたので、油断はできない。

まだ7月始まったばかりだものね。。。。

語学学習の心得。というか流れ。 その3

また来た、このシリーズ。

その1
その2


スペイン語を何人かの方に教えさせてもらっているが、進み方は人それぞれである。

と言いつつ、スピードは割と似たようなもんか(笑)

ある方は、再帰動詞にチョーーーーひっかかる。

ひっかかる、というか もはやイチャモンをつけまくる感じ(笑)


私は難しいことでも、サラッと触れる程度にしか教えないのだけど、それにはわけがある。

すごくよく使うことでも、日本語にない 概念 に関しては、教えようがない。

説明はできても、結局のところ多くの例文を知って、一個ずつ見ていかない限り、身にはつかない。

わからない概念は、最初のうちにどんだけ説明されても、全く頭に入ってこない。

ちなみに私がそうだった(笑)

100回くらい同じことについての説明をしてもらったが、自分で納得できた!という感覚には至ったことがない。
その文法事項についてはまぁ、理解はしてないが、なんとなくよく聞くフレーズだったら使える、という感じでごまかしていた。
生活していて段々、よく聞くフレーズ(覚えているフレーズ)の量が多くなった時にやっと 「あ!なるほど!」 と感覚的にわかるようになったこともある。

言語ってのは、コミュニケーションの道具だから、ゲームとも違う。
ルールがうんざりするほど多いし、しかも例外もうんざりするほど多い。
そしてよく使うものほど例外だったりするから余計にそう感じる。

しかし、ゲームのルール説明で、「それはなぜ?」と食ってかかったところで、「それはそういうルールだから」としか言いようがないのだな。

我々世代の英語教育で、「中学生レベルの英語」というような表現があるが、中学校では英語の文法を3年間で教えるのよね。
週に何時間あったっけ、授業。

今から考えると、結構な勉強時間だと思う。
週に3時間程度で、予習復習しないと、とてもじゃないが追いつかなかった。
若い、まだ頭の柔らかい中学生でさえ新しい言語を習得するのにこれだけの時間をかけている。

じゃあ30、40超えた大人は・・・・?(笑)

 理解できないものを理解できるまで!
  理解できたら一歩一歩進む! 


こういうことを言う人がいますが、語学に関しては、
それでは一生かかっても何もできません

理解できなくてもそんなのは当たり前。

よくわからんがそういう時はそう言うのね。とサラリと流すことが非常に大切です。

そして先まで進んでたくさんの知識が増えてきた時に、そこから「あっ、そういうこと!」と自分で深く納得できる日が来るでしょう。

何かのスポーツをやろうとして、たとえばテニスとか、それの基礎体力をつけてから、腕立て500回できるようになったらテニス始める!とかそんな人いないでしょう。

建設業とかよくわからないけど、土台を固めるんだ!といって、土の量がわずかな段階からひたすら固めても意味ないじゃないですか。
ある程度の量まで土を入れないとどうしようもない。

一歩一歩確実に進みたい、という人は、こんな人が多いんですね。

土も、あんまり時間をかけて少しずつ入れてると、雨が降って流れたり、風に飛ばされて量が減ったりするわけじゃないですか。

語学学習もそれと一緒で、ある程度までは集中してやった方がいいです。

ある程度の量まで知識が増えたら、それの重みで自然と固まってきます。

細かいことはあまり気にしないのが、語学上達への近道だと私は思います。

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十字軍

世界史に弱い私だが、スペインにいると歴史的な映画をテレビでよく見る。

とりあえずキリスト関連の映画は大方見た。

スペインに長期滞在する前に一応知識として聖書を読んではみたけど、あまり知識はない。

キリスト教の知識はあと、『聖☆おにいさん』 で得たくらいか(笑)

あの漫画はサイコーに面白いけど、スペイン人の敬虔なカトリックの人が読んだらどう思うかしら?

さておき、今テレビで十字軍を題材にした映画をやっているが、、、、ひでぇ。

いや、映画自体はいいと思うが、こいつら、ひどいな。

エルサレムを聖地(Tierra Santa)とあがめて、西のヨーロッパから軍隊で攻め込んで、キリスト教に取り返そう、という。

そこに住んでいるイスラム系の人達は、自分の土地を守るために闘う。


遠くからやってきて、取り返そうって、一体お前ら何者?

そしていまだに戦争が続いてるのね。

戦争は嫌だ。

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ストレスが多い理由。

うちの旦那はかなりストレスが多い人だ。

たとえば自分の家族が慢性的な病気だったり、家族が貧乏だったり、なんやかんや問題が定期的に発生しては、ストレスだと言っている。

まぁ、私からしてみれば、旦那の家族は赤の他人なので、何が起ころうがストレスに感じることはない。

なんだけど、血の繋がった愛する家族だとしても、もう少し切り離して見たら楽になるのにな、と思う。

そして、子どもたち本人が「こんなことがあって大変だったよ~」と言いに来ても、大変なんだろうけどまぁ頑張るしかないことで、うちの旦那の方が精神的ダメージを受けている。

ここの人たちは、特に子どものことになると、異常な心配をして、異常行動に出たりするので注意が必要だ。


つまり、ストレスが多い理由は、ストレスが多い環境にいるから、というよりも、ストレスを感じやすい体質だからなのだ。

ストレスに感じることがあるなら、一番の対策はそこから離れることである。
しかし、この人は自らストレス環境に飛び込んで、ストレス原因を呼び込む習性があるように見える。

結局のところ、体の部分に不調が出てくる。
肩こり、坐骨神経痛、頭痛、歯ぎしり、うつ病などなど。。。

すると体調も悪いので、今度はこっちが主なストレスになる。

こうなってくるともう、いたちごっこだ。


気候や身体に与える負荷(運動や労働、怪我など)もかなり大きなストレスの原因になるのだけど、いわゆる一般的に考えられる精神的ストレスは、本人の感じ方が一番の問題になっていると思う。

何かやられて嫌だ、と思ったら、反撃するとか、無視するとか、逃げるとか、話し合って解決するとか、いろいろな方法がある。
それをしないで、ひたすら我慢するだけなら、それはストレスだ。

基本的に私はしんどいことが嫌なので、何かあったら「なんとかしなきゃ」と頭をフル回転させる。
我慢っていうのが大嫌いなので(笑)

ストレスに鈍感すぎてもダメだと思うのは、頑張りすぎて、気づいたらボロボロになっていた、、、というパターンも結構よくある。
うつ病の人がそれに当てはまる。


自分の許容範囲を超えるストレスが突然やってくるかもしれない。

それでも、乗り越えるのは、結局自分の力なのだよね。

6月も終わり。

なんと、今日で2017年の半分が過ぎた。

あっという間だったわ。

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黙らない勇気。

こんな 記事 をちょっと前に書いた。

日本に限ったことではないけれど、世界ではいろんなことが起こっていて、政治家の贈賄とかヨーロッパで起きてるテロとか、外国の貧困問題とか、遠くの国で起きていて、関係ないような気がするかもしれない。

いや、正直、私には直接には今のところ、関係ない。


12年前のカラコラーで、旦那(まだ個人的に知り合う前)がステージで言った。


「僕は怒っています。
以前はフィン・デ・フィエスタといって、アルティスタはフェスティバルの最後まで残って、最後全員で会を閉めていました。
しかし、今はもう某アルティスタは歌い終わって、さっき楽屋で半ズボンはいて帰る用意をしてました。
でも彼が悪いんじゃないんです。
悪いのは、終わってすぐにギャラを払って帰してしまう主催者の責任なんです。
こうして、フラメンコの素敵な習慣は主催者(市役所などの政治家)によってダメにされていっています。」

私はその時は初めてのレブリハで、ウトレラのポターヘに続いて人生において2回目のフラメンコフェスティバルだった。

最後から二番目(朝4時すぎ)に出てきたこのおじさんの言うことに衝撃を受けた。

「こんなこと言う人いたんだぁ?!」

はっきり言って、こういうことを発言するのは、彼にとってメリットは、ない。
しかし、黙っていられない。
政治家やその一部のお友達が好き放題やって、印象操作をして売れるアルティスタを作り上げる。

旦那は、ヒターノだ。

彼のフラメンコは自分の種族の、自分の家族の中で育まれてきたものだ。

その、自分の誇りであるフラメンコを、フラメンコなんて全然興味ないような人間たちによって、政治的に、商業的に利用されている。
これがどれだけの屈辱であるのか。

しかし、他のヒターノのアルティスタは全員黙っている。
文句を言ったら仕事がなくなるからだ。

私たち一般人は、そんなことは、彼のような現場の内部告発がなければ、知ることができない。

これが、一体どれだけの勇気が必要なことなのか、わかるだろうか?

しかしその内部告発を聞いてもなお、「バカだねぇ、そんなこと言っちゃって」という人間が一定の割合でいるんだね、これが。




今、日本の政治が揺れている。 と、私は思っている。

元文科省の前川さんが内部告発をした。
最初は実は私も、「出会い系なんちゃらがどうたら」というのだけ見出しだけ見えてて「ふーん」とスルーしていた。
しかしなんだか、流れを追っていくと、この人とんでもない爆弾発言しちゃってる。

 「あったものをなかったことにできない」

泣きそうになった。

フラメンコでも、非ヒターノが先生をやっているフラメンコのアカデミアがあって、実はそこでは、結構な勢いで
「あったものがなかったこと」 として教えられている。

人種差別である。

それはさておき、前川さんの話に戻るが、なんとあっけらかんと「出会い系バーには行きました。貧困の現地調査のため」と正直に答える。

いろいろな人の記事を見ていくと、昔から現場主義で必ず現場を見に行ったり(交通費とか自腹で)するような人だったらしい。


最近、いろいろな若者と接する機会があって、考えさせられることがあった。

日本の 「奨学金制度」 というものだ。

昔からあるけど、奨学金という名前だが、早い話が学生向けのローンだ。
18、19歳の少年少女が、200万とか400万とか、そういう大きな金額のローンを組む。

大学に行くため、、、、、、?

基本的に、借金って怖いと思ってるので、しない主義なんだが、そんな若者が200万借りて、月々何万ずつ返していくということの恐ろしさなど、わかるわけがない。
消費者金融と違う、ちゃんとした団体がやってるものだから、まさかそんなひどいことをするわけない、と思っちゃうんだろうね。

日本には、大学って多すぎる。
あまりに大学がありすぎるから、もはや 大卒 の意味が失われつつあるんじゃないかと思う。

でもきっと、大学を経営するって儲かるんだろうと思うわ。

その大学の乱立を必死に止めようとし、代わりに給付型奨学金の制度を整えようと頑張っていた前川さん。

今、変なでっちあげスキャンダルで人格攻撃までされて、激しい印象操作をされて、それでも、「政府」という巨大な権力に一人で立ち向かっている。

これを勇気と言わず、なんと呼ぼうか。

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フラメンコたちの夜 つづき

フラメンコの夜 つづきです。

いつのまにか、さっきのおじいちゃんはミゲルの近くに座り、歌声を聞くと、人形に息吹が入ったかのように頭が上がり、目を見開いて輝かせる。 そしてたまらず叫ぶ。

 キラテ!!!これはキラテだ!!!

キラテとは Quilate 日本語でいうと カラット のことだ。24カラットとかのあれ。

そしてまたミゲルが歌い終わると

 シエロ!!シエロはここにある!!!

シエロとは Cielo 空、天国 という意味。


ミゲルはひとしきり歌い終わると、トイレに立った。

私と直ちゃんはそのままテーブルで待っていた。
誰かがギターを弾いたり、歓談したりとまったりした時間が過ぎていく。

なかなかトイレから帰ってこないので、私たち2人は立ち上がってトイレ方面(カウンター)に行くと、さっきのおじいちゃんとミゲルとマルセジェが仲良く話していた(笑)

その風景を見守る若者(ルイ)たち。

彼ら(ミゲル、マルセジェ)がカウンターに立ったら、もう水を得た魚のようになる。
一度カウンターに立ったら、お店の人よりも長い時間カウンターに立っている。

彼らは会話しながら、自然にカウンターを拳で叩きながら歌が始まる。

そして笑い話をしてやっぱりカウンターを叩く。

そのままコンパスが紡ぎ出されて歌が始まり、一振り踊る。

誰かの一言を、その発した単語から始まる歌詞を歌い始める。

そしてまた思い出話や、空想の話が・・・・・・・


常にコンパス感があるので、ふとすると、それは歌なのか、ただ語っているだけなのか、わからない瞬間もあったり。

しばらくその空気に、文字通り酔いしれていると(ちなみに私と直ちゃんは一滴もお酒を飲んでない)、だんだん人が集まり始めた。

ルイはペルラにギターを弾くように促し、またもやフィエスタが始まった。


ミゲルとマルセジェの歌合戦が始まった。

唄いながら踊ったり、片方が歌ってる時には踊り始めたり、キラキラ輝いている二人。

これは終わるわけないよ。

お互いが刺激しあってインスピレーションしあってるんだもの。

気づいたら、ルイシートが自分が着てるポロシャツを破っていた(笑)

フィエスタの王 という異名を持つ2人だが、揃ったらえらいことになった。

こういったフィエスタは、なにせ気分がいいので、お酒が進みがちで、酔っ払いが増えるので危険なこともある。

この王様たちは、飲めば飲むほど頭が冴えわたり、実はその場のコントロールもしているという凄さ。

酔っぱらって正体がなくなるということは、ありえないようだ。

朝の7時くらいになって、すでに人も半分くらいになっており、帰る人も続出してきたので、そろそろ帰ることにした。

ふとマルセジェの手を見ると、カウンターを叩き続けたせいで、指が真っ青(カウンターのペンキの色)になっていた。
昔はみんな血が出るくらい、タコができるくらいカウンターを叩いたというのは本当なのだ。

ミゲルが言った。

 昔は、こんな感じでフィエスタが2日とか3日とか続いたんだ。。。

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フラメンコたちの夜

こないだは用事でセビージャに行った。

友達と合流して、セビージャに泊まることにしたので、ゆっくりとご飯を食べに行った。

ここのレストランが美味しいんだよ~、マルセジェ(ミゲルの友達)もよく来るんだよ~


と、言いながら入ってご飯を食べていたら、カウンターの向こう側にマルセジェがいた(笑)

コンパーレー!!

と約8年ぶりの再会のミゲルとマルセジェ。

彼は基本的にはマドリーにいるみたいだが、セビージャに何か仕事の関係で着いたばかりらしく、翌日の9時に弁護士と会わなきゃいけないと言う。

ちょっとまだ仕事しないといけないから、あとでまた電話で呼んでくれ、とマルセジェ。

ご飯を食べ終わってから、ぶらぶらとTrianaを歩きながら、今では唯一のフラメンコが騒げるバルに行く。

途中、モランコのホルヘに会ったり、今日は一体なんなんだ?


川沿いのテラスでまったりと時間を過ごしていて、ミゲルが時々歌ったりとか、ダジャレを言ったりしていた。
隣のテーブルでは、93歳のおじいちゃんが、3人の女の子に囲まれて、よくわからないことを話していた。
ルイシート情報によると、毎晩ここで朝までそんな感じで飲んでいる、という(笑)

ほどなくして、ロスガジョスで働いているアルティスタが、ミゲルがここにいることを聞きつけて駆けつけてきた。
そしてギタリストのペルラとかもやってきて、なんだかフィエスタが始まる。

あ~、そろそろ疲れてきたなぁ~ と思ったら夜の2時(3時か?記憶薄い)

直ちゃんが、「あ、カウンターにマルセジェがいる」

それを聞いた瞬間に 「 終わった・・・・ 」 と思った。

しかしマルセジェはテーブルには来ない。
ずっとカウンターで立っている。


つづく・・・・(?)

思うこと。

昨日、いらない服やなんやかんやいろいろと捨てていた。

選別をしながら、勢いよく 「これはポイ!」 とバンバンやれればいいんだけど、どうしても迷いが出てしまう。
迷って、保留したコーナー(必要コーナーではない)を見ると、なんだかカオスだ(笑)

ふと、思った。

ぜーーーんぶ捨ててスッキリしたい!とか言ってる(思ってる)けど、実はカオスな部分がないと絶対イヤ!と思ってる自分がいるわ。

今まで、そのカオスをなんとかしたい!と思っていたけど、多分そのおかげでカオスを見られなくて、余計にカオスになってたような気がする(笑)

全部スッキリ白と黒を決める、というのが好きじゃないのかも。

友達とか、うちの旦那とかが誰かの行動に対してプリプリ怒ってる時に、その怒っている相手の事情があったのかもよ、とかすぐ言うんだよね。
私の意図は、旦那の怒りを和らげたいと思ってるだけなんだけど、「なんで俺と反対の立場に立つんだ?!」と逆に火に油を注ぐ結果になる(笑)

一緒に怒るよりも、なんとかバランスを取ろうと思ってしまうのだよな。


なんて、穏健派みたいな感じで書いてるけど、それは全然違うんだけど、説明はできないから省略(笑)

フラメンコを見ていて、すごく魅かれたからここまで来てしまったわけだけど、一番困る質問が「何がそんなに魅力なんですか?」と言われること。
そこまで私を動かすフラメンコって、なんなの?と。

フラメンコの歌とか踊りでも、いいものって、技術や形ではなく、そこにある何か、なんだけど、その何かは何か?

そこに答えが出ない、はっきりとした形で理解ができない、でも絶対そこにある何か。

でも、その何かを含めて「フラメンコ」と呼べるわけで。


なんでも物事ってそうだと思うんだけどね。
たとえば、今、スペイン語を教えていて、しょっちゅう 「あ、これはまだ説明できないんで、とにかく形だけ覚えてください」 ということがある。
ある程度の知識がないと理解できない物事ってたくさんあるし。
たとえば日本語の文法にしても、「どうして”は”と”が”で使い分けるんですか?どうして統一しないの?」と言われても、使い分けの用法は教えられても、なんでそういうことになったかは 「知らんよ」 としか言いようがない。


だから、フラメンコの魅力って何ですか?と言われれば、自分には理解しきれない何かがある、としか言いようがない。

何かって何ですか? と言われれば、


 知らんよ


そういうことなのだと思う。

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いつもテキトーすぎる旦那。

Fibromialgia という病気がある。
日本語では 筋線維症 というらしい。

そしてテレビにそれを患っている芸能人が出た。

旦那がその場でご飯を食べていた孫に言った。

旦那 「彼女、 Hemorragia (出血)なんだって。」

孫 「はい?なんだって?」

私 「Fibromialgia だよ」


スペイン語では、ほとんどの病気関連の単語が 「~gia (ヒア)」で終わる。

顎関節症 と 高所恐怖症 くらいかけ離れている。


医者の話をする時もそうだ。

~科 というのが 「~logo(ロゴ)」 という語尾になるのだけど、

いつも整形外科 (Traumatologo) に行くとか言う時、 「Dermatologo(皮膚科)」 とか言っている。

間違いにツッコんでいるだけで、会話はまったく進まない。 

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黙らない。

私は、政治について、少しだけ関心がある。

昔はまったく政治に関心なんてなかった、ただのアッパラパーだった(笑)

世の中には山ほど、自分の知りえないことが起こっていて、一つの側面だけ見て、「これはいい」 「これは悪い」とかは判断できないかもしれない。

だから、ニュースをパッと見て絶賛することも、大騒ぎすることもない。最近では。


スペインでも賄賂事件のニュースがたくさん出る。
そして与党の議員が何人か捕まったのだが、与党は倒れない。
今、それを倒そうという流れもあるにはあるんだけど。

第二政党の政権時代も長く続いたが、その辺の人たちも賄賂事件っぽい疑惑は結構ある。
なので、いまいち押しが足らないのだろう。

しかし、その第二政党の党首が、かつての政権を握っていた元首相や元大臣 Barones(男爵)たち全員の応援を受けていたスサナ・ディアスが破れ、その辺の政党のえらいさんから全員にダメ出しを受けていたペドロ・サンチェスが勝った。

これからどうなることやら。

そんなわけで、スペインでは収賄罪で刑務所に行った議員がいるが、快適そうだし、さらには保釈金を払って割とすぐ出てくる。

庶民は食べるものがないほどの貧困で、拾った(盗んだ?)クレジットカードで子どものオムツや食料品80ユーロ程度の買い物をして、4年の懲役とかなったりしている。
当然、保釈金を払う金など持っていない。

政治って、誰のためのものなのかな?

私一人で何かを変えることなどできない。

だけど、そう思って、みんながその環境に慣れて、まぁしょうがない、って黙っていたら、そのやりたい放題やってる政治家を許しちゃってることになるよね。

私は許したくないな。

だから、自分で判断できるレベルのことくらいは、騒ぐ。
というよりも、意思表示をする。

本当はね、めんどくさいよね、こういうの。

もちろん反対の考えを持っている人もいるし、自分とは違う意見だからといって悪い人!とかも思わない。
でもそれは私にも言えることで、反対意見を言ってるから、私はバカだ、とか言わないでね(笑)

そりゃあ全てを考慮できるほどの頭脳はないし、なんの専門家でもないけれど、そんなこと言ったら全てを理解できて対応策を考えられる人間なんてこの世にはいないでしょ。
人はみんな、自分から視えてることしか考えようがないんだから。
(知らないことは思いもよらないでしょう?)

フェイスブックとかでも、日常の楽しいことばっかりとか、面白おかしい記事とかばっかり投稿しているのが、最終的には自分の仕事がやりやすくなるんだと思うけど。

フラメンコのことも、あれはダメ、こういうのがフラメンコだ!とかそんな意見とかも実は拒否されることが多くて。

もう最近疲れてきたので、そういうのもどうでもよくなってきたけどね。

でも黙ってるのは、それを容認している、ということなのだよね。

だから、私は意思表示をする。

黙らない。

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シンプルなものほど

スペイン料理は美味しい。

スペイン料理は結構シンプルである。

バリエーションがないわけじゃない。

特にアンダルシアの料理は、素材の美味しさを引き出すようなものが多い。


パエジャとかって、実はあんまり見たことがない。
他のご飯とかはいいけど、アンダルシアに旅行して、パエジャを頼むのはやめた方が賢明。

本場のパエジャを~、というなら、アンダルシアは本場じゃないから(笑)

夏に旅行して、食すべきものは、ガスパチョとかトマトやナスなど、夏野菜を使った料理がいい。

あと ハモン・イベリコ。

ハモン・セラーノというのは、白豚で作ったハモンのことで、安い。
が、わざわざスペインくんだりまで行って、ハモン・セラーノなど食べる必要はない。
イベリコ豚は違う味わいを持っている。

さらに ハモン・イベリコ・デ・ベジョータ というと、ドングリだけを食べて育ったイベリコ豚で、最高級だ。
ほんのりドングリの風味があるような、ないような(笑)

昔のスペインは、豚といえばイベリコ種だけだったらしい。
が、最近になって白豚が外国から入ってきて、白豚の方が大きく育つので(脂肪がたっぷり)安く上がるということで、白豚の方がメインになっている。

イベリコの特徴としては、肉部分にサシ、つまり脂が入っていて、いわゆる霜降りのような感じになっているので、調理すると柔らかくなる。
普通の白豚は脂肪部分と肉部分がはっきり分かれているので、調理すると結構歯ごたえがあるものになる。

そしてイベリコ豚の脂は食べても健康にいい!という説もある。
(量によるでしょ、と思うけど)


あと、アンダルシアの夏の風物詩といえば、

 カラコレ(Caracoles)

カタツムリである。
ガラスのコップにスープと一緒に入ってやってくる。
うちに来る日本人の方々は、みんな美味しいと言って食べている。
スープはたしかに美味しい。

んだけど、、、、、見た目が気持ち悪くて私は食べたくない。
それをつかんで口まで持っていくことができないのだ。
(食べたことはあるが、特に内容はたいしたことない)

というわけで、私は無理せずパス。

でも一度くらいは試した方がいいかもしれないね。
レブリハとかは特にカラコレの産地(絶対その現場には行きたくないけど)なので、美味しいと思う。

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統合 2

こないだは、なんであんな記事を書いたのかというと、とある精神疾患を患っている人と話したことがきっかけだ。

今、入院中で、今までとは少し違う、その人にとっては新しい治療法をやっている。

正直、この治療法はしんどい。


基本的には、その人の精神疾患は、ただひたすら苦しい、、、生きていたくない、、、という状態が24時間、すでに何十年もそんな状態が続いている。

薬でも治らない。

もっとも、飲んだだけでスカッと治っちゃう薬とか、この世には存在しない気がする。

たとえば、コレステロールが高かったら、薬を飲む前に、生活習慣を見直さないと意味がない。

食事もそうだし、運動もしないといけない。


プリモ・バッティアンは、てんかん持ちなのだけど、アルコールを摂取すると、てんかん発作が起こる。
なので、酢も使わないし、マヨネーズも食べない。
アルコールを含んだシャンプーかなんかを使って、やっぱり発作が起きたとかも言っていた。

とにかく彼は徹底している。
苦しむのは自分だものね。

とにかく、薬だけ飲んだって、生活習慣を見直さない限り、病気は治らない。
私はそう考える。

その精神疾患の人は、薬だけ飲まされて、何もしない。
何もやる気が起きない。それも病気の症状の一つ、といってあきらめていたら、何も変わらない。
医者は「なんか運動とか手作業とかやってください」と言うだけで、なんにもしてくれない。

当たり前なんだけどね。


とにかく、その人と少し話していて、新しい治療法で人格が変わってきているという。

いつもだと、割とボケっとしている感じなんだけど、頭もはっきりしているようで、何かにイライラ怒っているような感じだった。
そして、こんな自分は本当の自分じゃない!
薬のせいでこんななっているんだ!

まぁ、完全に間違っているとも言えないが、それはさておき、自分が悪い人間に変貌してる気がする、と。

たまにその人のことを「聖人のようにいい奴だ」言う人もいる。
が、私は元々そんなにいい奴だとは思っていない。
だからといって、すごい悪い奴だとも思っていない。

しかし、いい人ぶってるのは私は知ってる。

しかし、病気のため、自分のことをいい人間だと信じ込んでいるふしがある。

悪い自分は認めたくない。

だからね。それで頭がおかしくなってるんじゃないかな、と思うわけ。
そして今、新しい治療法で、悪い自分が刺激されて、浮き出てきた。
さらに、現在、本当に苦しい状態なのだ。

人間は苦しい時、痛い時、不幸だと思う時、イライラして性格が悪くなる。

普通でしょ?

誰しも、いいところと悪いところを持っている。
全ての側面をひっくるめて、自分。

自分で自分の中身を統合させるのは、とっても大事だな。

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アルテについて

スペイン語で ARTE というと、アートのことで、芸術とか美術とかちょっと堅苦しいイメージもあるかもしれない。

しかし、たまに道端で、至るところで、爆笑の声とともに


「 Qué arte tiene !!!! 」

(なんてアルテを持ってるんだ!)


というセリフが聞かれる。


ここでの アルテ の意味は 「面白い」 という意味なのだ。

うまい小噺を聞いて、爆笑した後に「うまい!」って思ったりするでしょう?

あれのことです。


ただ面白くて笑っちゃった時でも(別に小噺でなくて)、そのセリフは使える。


だから ARTISTA というのは、突き詰めて言えば 「芸をする人」、 つまり

「芸人」

のことなのだよね。

「笑い」もアルテなのだ~

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統合

感情にふたをする。

自分はいい人でいたいから、悪い奴な自分を封印する。

親にいい子として見られたいから、悪い子な自分を封印する。



でもさ。

人間って、良い部分もあれば、悪い部分もあって当たり前だと思うのね。

しかも視点によるわけで、「それはすっごい悪い!」という部分も、別の視点から見れば「まぁたいしたことないよ」ともなるし。

誰がその部分を悪い!!!!と言ってるかといえば、実は自分が一番思ってるわけだよね。

悪口、批判は身近な人から言われると、非常に落ち込む。

だから、自分で自分自身のことを悪く思う、責めると、もう内臓から傷つけられる。


というようなことを誰かが書いていたのを読んだことがある。


しかし、まぁ、自分のこういうところが嫌だな!ダメ!と責めるくらいなら、実はまだいい。

それを完全にないもののごとく生きることもできる。

それは実は最も強力な自責なのだね。

だって、無視してんだから。

身近な人に無視されたら傷つく。

それが自分自身で無視しちゃってるから、自分に対する最強のいじめなのだ。



それは、精神壊れるよ。

私はわがまま先生

スペイン語を教えていて、個人レッスンなんだけど、生徒さんにはさっさと卒業してほしいのね。

早くスペイン語が上達してほしい。

かといって、ほぼ知識皆無の状態からしゃべれるようになるまでには、そこそこ時間かかると思うんだけど。

でも、一刻も早く、フラメンコなりなんなり、楽しむためにスペイン語ができるようになってほしい。


と、実はいつも一人で焦ってる。

生徒さん本人よりも焦ってる(笑)


元がゲーム好きなので、どうやったら生徒さんが早く育つか、みたいな気分。

人によって性格が違うから、どういう指導をしたら、どういう宿題を出したら伸びるかな~~

って、実は考えるのが、かなりワクワク。


今は昔と違って、インターネットでたくさん生のスペイン語のテレビ番組やラジオ番組が聴けるし、読み物だって、探せばいくらでもある。

そういう教材(これ見て、って投げるだけww)を探すのも結構楽しい。

間違える勇気。

スペイン語を教えていると、面白いことがいろいろある。

基本的に私は笑うことが大好きなので、なんでも笑いのネタにしようと常に待ち構えてるのもあるし(笑)

こないだは自分でも、日本語で 「泳げない人」 のことを言おうとして、 「トンカチ」 と言ってしまった(笑)

でもかなりニアミスじゃない?

爆笑まではいかないんだよねぇ。こんな時に、私には笑いの神様は降りてこないんだよなぁ~。。残念。

こんな時に、 こういう人 がうらやましいと思ってしまうのよね。


さておき、スペイン語の話。

現在分詞とか過去分詞とか、現在完了形とか、文法用語は日本語でもちょっと覚えづらい。

そんなわけで、突然 「じゃあこの単語の現在分詞を言ってください」 とか質問すると、たまにトンチンカンな答えが返ってくる。

面白いから、ついつい笑ってしまうんだけど、これでいいのです。

間違うかもしれないから、、、と黙っているよりも、間違って当たり前くらいの気概でどんどん言ってほしい。

案外、自分が考えてた答えで合ってたりすることがあるので、もったいない。


間違った答え、トンチンカンな答えを言ってもらわないと、どういう思考回路で勘違いしてるのか、何をわかってないのか、他人の頭の中は見えないので、どんどん出してほしい。

そして笑われてなんぼ(笑)

思い切って、どんどん間違いましょう!

それが早道です!

女子力?


友達の旦那さんは料理が好きで、よくご飯を作ってくれる、というよりも、料理担当らしい。

別に主夫なわけではなく、毎日忙しく働いている。

が、妻のために料理を作るのが幸せなんだそうだ。


いいよね。


彼女は天真爛漫な人なので 「わーい♪ ありがとう~♪ 旦那様大好き~♡♡♡」

という感じで、私から見たら大変微笑ましいのだが。

思わず自分が言った言葉が

「彼の方が 女子力 高いよね」




でも私も自分で言ってから、女子力って簡単に言ったりするけど、それってなんなのだろう?と考えてしまった。


ご飯を作ることって、女子力?


そんなこと言ったら、割とおっさんでも家でご飯を作る分担してる人もいるぞ?

女子力・・・・・・・ではないよね。

生活力 といえばしっくりくるかも。


毎日、子どもや旦那さんのためにお弁当を作ってあげる、とかは女子力っぽいなぁ。

でも、たまにレストランのような食事を作り、FBに写真をアップできるようなテーブルをセットできるのって、どっちかというと男性っぽい気がするのは私だけだろうか?

記事参照 男女平等? 


そう考えると、私は料理が割と美味しいってのは、自分の男性性を使ってるような気がする(笑)

おっさん力?

Brillo

プリモ・バッティアンがやってきた。

古いカセットテープを持ってきた。
何かと思えば、ベルナルダ、フェルナンダ、ペパ・デ・ウトレラ、ミゲル・フニのフィエスタ録音。

なんてこった・・・・・・

なんてこった・・・・・・

なんてカンテヒターノなんだ・・・・・・


この人たちの歌声、力強く輝いている。

そして少し聴いただけで、その人だとわかる特徴のある声。


フラメンコ、、、フラメンコ、、、フラメンコ、、、、


ベルナルダが目の前でちょっと歌っただけで、台風のようなエネルギーが立ち上がり、吹き飛ばされてるのか引力で引きずられているのかわからない感覚になったのを思い出した。

これが、4人一緒に・・・・・・

天然の人。

私は、いわゆる 「 天然 」 の人が好きです。

自分が好きと思っているからか、注意して見てるのでよく気づくのかわからないけど、どうも昔から天然の人がいつもそばにいると思います。

天然の人は、けしてバカとかアホなわけではありません。
それらの特性は全く別のものと考えないといけません。

というわけで、私が勝手に定義する 「 天然 」 とは。

他人と発想が違うこと。

それを一般人は 「ドジ」 「まぬけ」 と評しがちだけど、むしろそっちの方がすごいんじゃない?ということをやったりします。
人間社会は違う発想の人に対して排他的になるからです。


たまに、天然の人たちと話していて 「え?そう来た?」 と返答に戸惑うことがあります。

そして次の瞬間に、どっと笑いの波が押し寄せてくるのです。

狙ってない笑い。

いや、本人、普通のつもりなんだけど。


そういう時に 「この人、天才だわ」 と思ってしまうのです。

「はぁぁぁぁ??!!何言ってるの???!!!」

と、私の返答はこういう感じですが、「あなた天才だわ」という意味です(笑)

大爆笑とかしますが、けして馬鹿にしているわけではなく、ツッコミとしてそう言わないではいられないのです。
むしろ「ちょっと美味しい」という嫉妬さえ感じています(笑)



でも、本当、いわゆる天才の人って、発想が普通じゃないからいろんなものを発明したり、普通じゃないことをやってきたわけだから、私みたいな平凡な人間から見たら、羨ましい(健康的な意味で)と思ってしまいます。

パンタロン

パンタロン とはスペイン語でズボンのことですが、(”ロン”にアクセント)、最近では男性も女性もみんなズボンがピッタピタのをはいてますね。

女性ならまぁ、まだいいんだけど、男性もはいてるよね。
年配の人はともかくとして、若者から50代くらいまでのほとんどの男性がピタパンはいてます。

流行ってるんだろうけど、、、、

フラメンコのシーンでもピタパンはいてるバイラオールとかいるよねぇ。。。。

元々バイレに興味はあまりないけど、もうこれを見ただけで、ものっすごくテンションが下がるんです。

皆さんはどうなんでしょう?

これ、いい?

とにかく、お店を見てもズボンってそんなのしかなくて。

女性はまた、みんなスパッツをはいていて(スカートの下とかじゃなくて、ズボンのように着用)、まず私にはそれは無理。

好きじゃないな~、最近の服。

私がひねくれものなのか?

今、スペインではコンクール番組が大流行りである。

特に子どものコンクールで、元はアメリカ発の番組だと思うのだけど、VOZ という番組がある。

審査員は有名な歌手たちで、彼らが気に入った子を集めて、特訓して、さらにまた競う、、、というものなのだが。

たしかに歌もうまいし、ちょっとすごい子もいる。

まぁ、内容についてはどうでもいいんだけど、このコンクールだけではなく、有名な歌手の大きなライブ会場でのコンサートとかね。

歌ってる時に、特に素晴らしい時に観客が盛り上がって拍手したり、一緒にコーラスしたりするじゃない?

歓声とか、励みになっていいと思うんだけど。。。。。。。


もっとちゃんと聴きたいのに、聞こえん!!!!
黙れ!観客!!


私がひねくれてるのか?

肉の目利き

本やテレビで知る知識と、経験して得る知識というのは違う。

本物を見る、触れるというのは、全然違うことなのだね。



ハモンを食べていて、旦那が一部分を残していたのを見て、理由を質問した。

そこは神経なので、食べられないことはないけど、噛み切れないし、歯に挟まったり最後まで口に残ったりするので、ハモンを切る時には通常はよけて切るんだけどね、と。

私は脂肪と区別つかないので、普通に食べちゃう。
そういえばたまに最後まで残る部分があるな、と思い出した。

さすが実際に豚を殺して解体業をしてただけはある。


1時間くらい経った後、喉に何か絡まった感じがした。
毛でも口に入った?
にしても、ずいぶん奥までいっちゃってるな。

取ろうと思ってもなかなか取れない。
のどに指を突っ込んで取った。
舌に絡んでなかなか取るのが大変だった。


旦那が 「何だった?」

私 「・・・・神経でした(笑)」

旦那 「ねぇ~~~、言ったでしょ~~www」


やはり、体験と知識は全然違うのね、と痛感した次第。

時間がある、けど、ない。

日常生活で 「時間がない」 とか、 「時間がある」 とかいう言い方をすることがある。

そういう意味では私は「時間がある」人だろう。

なんだが、こちらの一般主婦がやるような家の手入れみたいなことは、ほぼやっておらず(笑)、まともに同じようにやろうと思ったら、時間はまったくなくなるはずだ。

月に一回や週に一回でいいものを、毎日やるなんて馬鹿げている。

と思ってしまうのだが、毎日やればやったで、スピードが相当上がるはずだ。
コツもつかんでくるだろうし。
やはり物事はなんだかんだ、かけた時間数によるのだ。


が、もう一つ大事なこと。

それは密度。

やる間隔が開きすぎると、次にやる時、またいろんなことを忘れていたりして、上達しないのだね。
毎日やっていれば、「あ、昨日はこんなだったから、今日はこういう風にしてみよう」とか記憶が新しいからこそ思いつく工夫も出てくる。

なんでも一緒なのだ。

掃除にしても、料理にしても、買い物にしても、ストレッチにしても、勉強にしても。

仕事なんかがいい例だ。
仕事は最初始めたばかりは手際も悪かったりするが、やってるうちに普通にこなせるようになる。
でも給料をもらうために、とりあえず行く。とりあえずやる。
頑張ることに対して、特に考えない。

しかし、家事とか趣味とか、「こうなったらいいなぁ~ *॰ْ✧ً⋆。*」と妄想することはあっても、誰もその労力に対する報酬というわかりやすい形ではくれないからねぇ。。。。

やる気スイッチを入れるには、「やり始める」しかないんだけど。。。。
だからやるしかないんだけどさ。。。。

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プロフィール

のと あきこ

Author:のと あきこ
スペイン南部のレブリハ在住。
年上の旦那と暮らしています。
フラメンコ、特にカンテヒターノに恋をして、好きなことだけ追っかけていたら、こんなところにたどり着きました。

スペインに関わり始めて早や20年が経ち、定住し始めてから7年です。
スペイン語を語学学校で勉強した経験と、おうちで身に着けたアンダルシア弁を活かして、スカイプでスペイン語を教えています。

ご興味のある方はメールフォームよりご連絡ください。
詳細は「生徒さん募集」の記事をご覧ください。
こちらの記事も参考にしてください。
スペインのスペイン語と南米のスペイン語

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