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サマータイム 夏時間

サマータイムというと、日照時間の長い夏の太陽を存分に利用し、暑い時間を避けて早くから活動しましょうってことだよね。

なんだけど、国全体で時間まで変える必要ってあるのかな?

たとえばスペインもサマータイムがあるけど、学校とか会社とか全部、突然一時間早く起きなきゃいけなくなる。

そして体が慣れた頃にまた冬時間になる。
(いや、さすがにもっと早く慣れるは慣れるけど)

ニュースで小学生とかが時間が急に変わったせいで、体のリズムが崩れて大変とかいうのも毎年問題になっていた。

そんなヨーロッパでは、どうもサマータイムが廃止になる方針らしい。

ちょっとまだ私には確実にはわからないが、今のサマータイムのまま変えないらしい。


結局、エネルギーを効率よく使おうという話だったが、あまり大した効果はなかったということで、それよりも切り替え時の手間や混乱の方がコストが高いらしい(笑)

節約しようとして、さらに無駄遣いしてるパターン。

会社とか、学校とか、早い時間から始めたいなら、ただ時間を早めればいいだけの話。

個人の生活なら、夏になって日の出が早くなると同時に徐々に早起きできるようになる。

国全体で時間を変えるとか、大きなお世話なんだよね。

オリンピックのためにサマータイムとか、意味不明すぎる。

早く始めたいなら、早く始めればいい。
競技とか、朝の5時からやりゃあいいんですよ。
見たい人が見に行けばいいんですよ。
ただ、公共の交通機関はずっと動かさないとダメかもね。

そもそも、これだけ自然災害の多い今の日本で、オリンピックとかやるっていっても、下手すると台風で中止になったりとかね。

たとえばアンダルシアは夏の期間は、まず雨が降ることはない。まったく降らないので、フラメンコのフェスティバルは野外なんだけど、天候によって中止になることはありえない。
理にかなっているのだ。

暑い時間2時~5時、6時くらいまでお店は休みのところが多い。

なぜなら、お客さんが歩いて来られないからね。
暑くて外に出られないのよ。

だから全員でシエスタ、眠かろうが眠くなかろうが、その時間は昼寝の時間ということになっている。

農村なので、この人たちは朝の5時とかから働いて、2時3時に終わったり。

工事現場なんかも朝の6時から始めて昼間の暑い時間には終わるとか。

自分たちで、好きに時間を設定すればいいんですよ。

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テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

日々の勉強。

勉強って、楽しい。

と思うこともあれば、そうでないこともある。

楽しいと思うのは、きっと、 何かの目標に向かって立ち上がって頑張ってる自分 がちょっとかっこいいと思うからかもしれない。

勉強をやり始めると、いろいろな試練にぶち当たる(笑)

机を片付け始めたり(環境は大事よね)、テキストに挟むオリジナルのしおりを作ったり(ただの厚紙を切っただけ)、勉強時間数を書き込む表を作ったり、本のボロボロになってるところをテープで直したり(もらった本で元々ボロボロだった)、インスタに写真を投稿してみたりと、いろんなことに忙しい。

そして思ったのが、勉強のための便利グッズを開発した人は、たぶん勉強嫌い(笑)

でも、やると決めたし、頑張ってる自分が好きなわけじゃなくて、その目標を達成してから先の生活を考えてるわけだし、こんなことでつまづいているわけにはいかないのだ。

と、自分にやる気を出させるためにブログ(笑)

そしてやる気を出すためにはどうしたらいいかとかネットで調べ始めたりとかね。

そうすると、「やる気」なんてものは単なる幻想に過ぎず、やり始めたら勝手に出てくるものであって、やらない限りは一生やる気は出てきません、というようなことが書いてあったりしてね。

そう。
納得です。
知ってる。

だから、それを達成したいけど、勉強する時間がないとか言って勉強しないのは、単なるいいわけ。

別に自分が勉強しなくてもだれにも迷惑かからないし、迷惑をこうむってるのは勉強しないで進まない自分なだけであって、全然かまわないわけよ。

だけど、時間がないとかいいながら、テレビ見たり、本読んだり、遊んだりしちゃう。

本当に先に進みたいなら、5分でも10分でもいいから、スキマ時間にでも勉強しなきゃダメだ。

多分これが、目標に対するヤル気。

だからね、言い訳しないでね。

やりたいなら、やろうよ。


って、これ、私のスペイン語の生徒さんにも言えることなんだけど、自分に対してです。

本当に、頑張ろう、自分。

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テーマ : モノの見方、考え方。
ジャンル : 心と身体

近所のおっさん

夏は日が長い。

そして日中は非常に暑いので、10時近くに涼しくなってきてから、うちの目の前のベンチに人が集まってくる。

近所のいつものメンバーだ。

旦那も時々そこの輪の中に入って、なんだかんだしゃべっている。


こっちの人は本当によくしゃべる人が多いのだが、一人おじさん(60代くらい?)で畑仕事をしている人で、我々は

RONCO (ロンコ しわがれ声)

と勝手に呼んでいる。名前を知らないので(笑)

この人もよくしゃべるのだが、ものすごいダミ声で、築地出身か?と思ってしまうくらい。

農村の強みで、こないだはカボチャの収穫の仕事をしたらしく、カボチャを2つもくれた。

が、料理方法がイマイチわからないので、少し困っている。

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勉強。つづき

大人の勉強は大変である。

まずは、習慣の問題。

私はパソコンで何かを読むことには慣れているが、スペイン語で読むのにはあまり慣れていない。
車の免許は3択問題なのだけど、それを解いていくのも作業的には慣れている。

が、、、、なんか適当だ(笑)

まるっきり覚えてないので、全然ダメだ。

ということで、もう一度テキストを読み直すところから始めてるのだが、本を手に取って読む習慣がまったくないので、きつい。

あんまりちまちまコツコツやっていても、進まないどころか、進みながら忘れていくので、できる時に詰めて勉強しておきたい。
と思うのだが、なかなかできないねぇ。。。

時間を見ようと思って携帯を手にしたら、ついついFBやインスタとか見ちゃってね。

1日3時間と目標を立てたのだけど、なかなか時間も取れないし1時間できたらいい方。


やんなっちゃうなぁ自分。

勉強。

私は車の免許を持っていない。
これは、スペインだけではなく、日本でも。

日本では東京に住んでいたので、車がなくても生活には一切困らなかった、むしろ車を東京で持つのは大変だと思う。

なんだが、今住んでいるレブリハでは、住んでいる場所がなにせ町から少し離れている。

もちろん少し頑張れば全然歩ける距離なのだけど、駅まではすごく遠い。

そして夏は暑い。

何か荷物を運ぶときとか、旦那を医者などに連れて行く時とか、車がないと本当に困る。
近所の人やタクシーを呼んだりしているのだが、お金がかかるというより、必要な時につかまらない可能性も高い。

なにせ、面倒くさいのだ。

公共のマイクロバスは朝8時から昼1時までの1時間おき。
午後の方が死ぬほど暑いのに、その時間帯は誰も乗る人がいないから、と5時と6時があったのに、なくなった。

それは、この午後のバスは来たり来なかったりしたから、誰も乗らなくなったのだよ。
40度の中、そうそう20分も30分も待ってられないからね。

そんなわけで、5年くらい前に免許を取ろうと思い立って、教習所に通い始めたのだけど、いろいろあってやめてしまったのだが、ぼちぼちネットで無料で勉強できるページでコツコツ地味に続けていたのだった。

が、一昨年くらいからさすがに面倒くさくなって、まったくやめた。

しかしやっぱり、車の必要性が身に染みてきたので、今度は本気で車の免許を取る勉強をする。

以前、勉強していたネットを開いて、テストをやってみるが、さっぱり覚えていない。

ほぼ ゼロ の状態に戻っている。。。。。。

テキストを開いて読み進めてみるが、5年前に読んだ時と、あきらかに読み方のスピードが落ちている。。。。

まーったく頭に入ってこないねぇ。。。

スペイン語そのものは前よりもわかってるはずなんだけどね、なにしろ勉強に対する意欲と体がついていかないっていうか。

自分自身で30代と40代の差をはっきりと感じてしまった(笑)

大人の勉強はしんどいわぁ。。。

でもこれ、少しずつでも毎日かじりつかないと、勉強の習慣をつけないと、絶対無理だ。

そして私の生徒さんは、みんなえらいなぁ、と感心してしまいました。

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8月はお休みモード

スペインの夏もこないだ突然やってきた。

ついこないだまで割と涼しかったのに、いきなり10度上がるとか、いきなり10度下がるとか、涼しくなるのはありがたいが、なんかしんどい。

あと、日本では学校も夏休みだし、子どもたちにとっては夏休みモードになるのは当たり前だけど、スペイン、アンダルシアでは大人も最低でも2週間くらいはお休みが取れるので、お店が8月いっぱい休みになったりとか、そういうところもある。
そして午前中(2時まで)のみの営業のところとかもある。

とにかく8月は、すべての人にとって、お休みモードが漂う期間なのだ。

というわけで、私もいつもと少し違う感じの生活かも。

9月から気合入れます~(笑)

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携帯盗まれた。

実は先日、夕方のくそ暑い時間帯にバスに乗ってセビージャに行く用事があった。

基本、なんでも時間がギリギリになってしまう性分(?)なので、バスの時間ギリギリにバス停に着いた。

バスはバス停までの私の通り道、反対方向に行くので、間に合わなかったら通り過ぎるのが見える。


時間ぴったりに着いて5分くらい待っていると、道路の向かい側からおばあちゃんが私に何か言っている。

「バス待ってるの?」

「はい」

「少なくとも15分くらい前にバス通り過ぎたけどね」

「前のバスが遅れたのかしら?」

おばあちゃんは自分の孫が車で迎えに来るのを待ってるらしかった。

嫌な予感。。。

時刻表よりも10分も早く通り過ぎちゃう?

時間は夕方の5時で気温41度。
日陰はほぼない。
ベンチに座ると、金属のベンチは焼きごてみたいで火傷しそうだ。
携帯電話で時間を見ようと触ったら、発火しそうな勢いで熱い。

待っている間、近くの薬局で少し買い物して、一瞬涼んだが、あとはアホみたいに外で待っていた。

あきらめが悪い奴だ。

結局、来たのは次のバスだったので1時間後。

乗り込んで、メッセージを2つほど送って、携帯をいつも入れているリュックの外ポケットを開けっぱなしにした。
リュックの中身がかなりあったまっていたからだ。

隣村までは起きていたが、そこを過ぎたら寝落ちしていた。

時間にして30分くらいだろうか。(結構寝たなぁ(汗)

バッと目が覚めて、携帯がないことにすぐ気づいた。

いかにも悪そうな若者が私の横を通り過ぎて、怪しかったが証拠がないので何も言えない。

狂ったように携帯を探し始めたのもつかの間、降りるところに着いてしまった。

終点ではないので、降りないといけない。。。

用事の受付のところで「携帯盗まれたー!!」とギャーギャー言ってたら電話を貸してくれた。
かけたらもちろん電源が入っていない。
(出かける前にしっかり充電してきたので、意図的に切られている)

とりあえず家に電話して、旦那には帰る前に電話一本とかできないからね、と連絡(笑)

私がドジる時は、あんまり笑えない。

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テーマ : スペイン
ジャンル : 海外情報

家族の記憶。

旦那は自分の公演のビデオや録音を聞くのが好きだ。

そして、時々感極まって泣いたりしている。

泣くのは、自分や家族が辛い時期とかだったりするんだけど。


それについてずっと長い間、疑問だったのだが、自分なりに納得のいく解釈ができた。

だって、自分の歌や踊りを見て、感動して泣くって、変じゃん。


話は変わって、先日、Facebook にガスパチョの作り方をビデオに撮って、載せた。

今はやりのユーチューバーみたい!(笑)


それを自分で見直してまず思ったこと。

しゃべり方がうちの弟にそっくり(笑)

声の質も同じ。


うちの兄弟は体型が全然違うので、似てるところもあれば全然似てない。
手の爪を見て、自分の手かと思ったくらい似てたとか、そういう誰も気づかないところは似てるかも(笑)

なにせ、形は全然似てないのに、声の高さも男と女で一応違うのに、響きと話し方が似ていて、弟を思い出してしまうのだ。

当然、弟を思い出せば、他の家族とも全然会っていない私は、芋づる式に他の家族も思い出すことになる。

つまり、そんなくだらないビデオを見たとしても、自分が家族が恋しいなと思ってる時とか、辛いときにとかに見たら泣いてしまうかもしれない。

そんなことを思った。


話をフラメンコに戻すが、旦那の歌や踊りは、やはり家族の人々の方式がメインになっているし、違う声でもやはり声の質、響きが似ているのだ。
細かいところが家族の雰囲気を纏っていて、否が応でも家族を思い出してしまう。

家族の上の人たち、お父さんとかおばあちゃんとか、家族の下の人たち、自分の息子とか孫とか。。。。

特に下の人たちに問題が起きていたりすると、それを芋づる式に思い出して、悲しみの波に飲み込まれてしまう。


フラメンコって、そういうものだよな。
少なくとも、彼らヒターノにとっては、 人生の一部 (か大部分) なんだよね。


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人々はわからない。

人の判断基準なんて、案外いいかげんなものだ。

先入観というものが全くなしでモノを見るというのは、本当に困難極まりない。

先入観、というと誰かの入れ知恵みたいなもので、誰かから何かを吹き込まれた言葉みたいなイメージだが、ここでいう先入観というのは、それだけではない。

たとえば外国の習慣などに触れる時、やはり常に自分の習慣、文化が下地となっている。

どういうことかと言うと例えば、スペイン人を日本の家に招待した時、何も言わなければスペイン人はそのまま靴でズカズカ入ってしまう。
いくら玄関が一段上がってるからといっても、それは彼らにとってはただの階段に過ぎない。

知らないことはけっして悪いことなのではない。

どうしようもないことなのだ。


そこで、玄関では靴は脱いでくださいね、と言って激しく抵抗されるなら、出入り禁止にすることも可能だし、緊急事態ならそのまま許可することもありうる。

でも別に相手に合わせてこっちのルールを変えてやる必要なんてないのだ。


今のフラメンコに関して、フラメンコに限ったことではないかもしれないけど、それがずいぶん昔から起こっていて、もう今までのフラメンコと呼ばれるものは絶滅寸前だと思う。

さっきの例えで説明するなら、家に他人を招き入れる人もテキトーで、まぁお客さんがいっぱい来るならいいかと、どうぞどうぞとお客さんを迎え入れた結果、家にあるものとかもどんどん盗まれたりとか、勝手に触られて壊されたりとか、いらないものを持ってこられたりとかして、もはや日本家屋とは呼べないようなカオス状態になって途方に暮れているみたいな感じ。

さらにメディアや政府が口をそろえて 「これが日本家屋です!」 と世界に自慢しているような状態。

それを見た、何も知らない人々は、「そうなのか」と思うよね。
元の状態なんて知らなければ、わかるわけがない。

いろんな日本家屋があるっていっても、ある一定の、暗黙の了解みたいなものはあるじゃない?
材質とか、玄関の形とか、ある程度。


それをフラメンコに置き換えてみると、 「いろんなフラメンコがあるよね」 という意見も聞くことが多いけど、ヘレスのフラメンコとかレブリハのフラメンコとか、セビージャのフラメンコとかそんな言い方をする。
そこまではいいと思う。

なんだけど、男性がバタ・デ・コーラをはいて踊ったり、ただひすらサパテアードばっかりだったり、フラメンコではない音楽(サルサとかクラシックとか)とフラメンコの衣装と靴を履いて踊ったり、、、、

それ、フラメンコの衣装さえ着てればなんでもフラメンコですか?
(もっとも最近の流行は舞台の上で衣装を脱ぐことらしいけど。)


こういうことを書くと、攻撃された!と思う人もいると思うのだけど、そういった不思議な変わったものをフラメンコと呼ばれているのを見聞きするたびに、攻撃されているような、蹂躙されていると感じる人が多く存在していることを知ってほしい。



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書きたいこと

書きたいことがたくさんあるんだけど、書けない。

嬉しいこともあれば、残念なこともあり、怒ることもたくさんある。

いろんな感情がもやもやと心の底から溢れてきて止まらないのだが、文章にできない。


sidetitleプロフィールsidetitle

のと あきこ

Author:のと あきこ
スペイン南部のレブリハ在住。
年上の旦那と暮らしています。
フラメンコ、特にカンテヒターノに恋をして、好きなことだけ追っかけていたら、こんなところにたどり着きました。

スペインに関わり始めて早や20年が経ち、定住し始めてから8年です。
スペイン語を語学学校で勉強した経験と、おうちで身に着けたアンダルシア弁を活かして、スカイプでスペイン語を教えています。

ご興味のある方はメールフォームよりご連絡ください。
詳細は「生徒さん募集」の記事をご覧ください。
こちらの記事も参考にしてください。
スペインのスペイン語と南米のスペイン語

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