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のと あきこ

Author:のと あきこ
スペイン南部のレブリハ在住。
年上の旦那と暮らしています。
フラメンコ、特にカンテヒターノに恋をして、好きなことだけ追っかけていたら、こんなところにたどり着きました。

スペインに関わり始めて早や20年が経ち、定住し始めてから8年です。
スペイン語を語学学校で勉強した経験と、おうちで身に着けたアンダルシア弁を活かして、スカイプでスペイン語を教えています。

ご興味のある方はメールフォームよりご連絡ください。
詳細は「生徒さん募集」の記事をご覧ください。
こちらの記事も参考にしてください。
スペインのスペイン語と南米のスペイン語

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ロシオ

今週末はロシオ巡礼があるみたいですね。

ウエルバに Virgen del Rocio という教会?があるのですが、アンダルシアの各地から歩いて馬車を引き連れて、歌いながら踊りながらそこのロシオ目指して歩いて行きます。

レブリハの教会からは火曜日に出発したみたいです。

日曜の夜中に聖母像が教会の外に出されて、何万人の人がそこに集中して、触りたがる。

そしていつも聖母像は人に担がれて出てくるのだけど、人の波にいつもさらわれてしまう。

最後はボロボロに・・・というかわいそうな聖母像なのです。


さておき、人々は出発してからロシオに着いて、ずーっと飲んで歌って踊ってのフィエスタ続きのようです。

祭り好きだよねぇ、ほんと。



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テーマ : 聖書・キリスト教 - ジャンル : 学問・文化・芸術

タグ : アンダルシア フラメンコ スペイン

ヒターノが好き♡

フラメンコの話で、かなり大雑把な言い方をするけど、フラメンコは別にヒターノが作った、という証拠、文書などは存在しないから、これはヒターノのものではない、みたいな言い方をするスペイン人がいる。

正直、ヒターノのカンテヒターノ、バイレヒターノなどを見れば一目瞭然だと思うのだけど、スペイン人でフラメンコに憧れる人間で、どうしても自分がフラメンコ的に人種として遅れをとりたくないというか、劣ってる種族(ヒターノではないスペイン人)という風に思いたくない者がそういうことを言う。
むしろヒターノを目の敵にしている。
そして、新しいフラメンコだと言って、わけのわからないことをやっている。
そして、世界遺産だからユニバーサル!とか、さらにわけわからないことを言っている。


私なんかは、正直いってスペイン人ですらないわけで、歌詞が日本語の演歌を聞いてるかのごとくすんなり理解できるわけでもない。

でも、ヒターノが好き♡

だからといって、すべてのヒターノが好きというわけではない。割と節操がある方だと自分では思う。

ここで何が問題になっているのかというと、ヒターノたちは、フラメンコは自分たちの文化だと思っている。

別に自分たちだけのものだなんては言ってなくて、だけど変なものを見た時、私たちの文化が馬鹿にされている・・・と感じて嘆いたりする。

そういうことをヒターノたちが言うと、人種差別主義なスペイン人は、「スペインには人種差別なんてないんだ!もうヒターノがどうのこうのとか、被害者ぶるのはやめろ!だいたいにしてフラメンコはヒターノのものなんかじゃない!」とか怒り出すわけね。

「ここには人種差別なんてない!」

この言葉を聞いたら、要注意。


さておき、何が言いたいのかというと、文書などの記録がないからヒターノが作ったわけではない、とないものにしようとする人のことね。

証拠がないからといって、あるものがないことになっちゃう?

あるものはある。

それが証明できようが、できまいが、あったものはあった。

あったものをなかったことにできない。

.

親の影響。

ちびっ子にとって、親の影響というのはすごく大きい。

と、言葉にするとすごく簡単だけど、本当にものすごく大きい。

大事なのは、ゲームを買ってもらったかとか、遊園地に連れてってもらったかとか、レストランに連れってってもらったかとか、そんなことでは一切ない。

実際、うちの両親は毎週のように私を遊園地に連れて行ったらしいが、まったく記憶がない。

そんなことよりも覚えてるのは、おばあちゃんの膝に座って一緒にテレビを見たこととか、お母さんにめちゃくちゃ怒られたこととか、迷子になって迎えにきてもらったこととか、そんなことだ。

お父さんについては、週末早起きすると、麻雀で朝帰りの父と出くわして、美味しいインスタントコーヒーをいつも淹れてくれたこととか、そんなこと。

お金をいくらくれたとか、何をしてくれたかとか、そういうことって最終的にはあまりどうでもいいことなのだと思う。

普通に暮らせていれば。

だから、親がいてほしい時期に、親を亡くしたとか、離れて暮らさなければいけなかったとか、あんまり注意を向けてもらえなかったとか、そういうことって人格形成にすごく影響するんだと思う。

やっぱり、子どもにとっては、親がいるだけで生きる上での安心感があるからね。

生きるのに不安、って普通の感覚じゃないわけよね。


かといって、不幸な子供時代を過ごしたからといって、だから私の性格はちょっとおかしくなっちゃったのよ!親のせいよ!と言って、何をしてもいいってわけじゃない。
そして親を責めたところで、過去が変わるわけじゃない。
もう、自分がなんとかするしかない。

大人になった今、親がどういう人なのか、どんな状況だったのか、知ることによって、親に対する理解ができれば、気持ちが整理できれば、自分の中にある過去の記憶を少し変えることができるんじゃないかと思う。

そして、思い出は思い出の箱にしまって、そっとしておく。

みたいな。


人は辛いときとか、パニックになったりすると、記憶が交錯することがある。

そういう過去の子どもの頃の傷が癒えてないと、ワーッと噴き出して、問題行動を起こしてしまう。
実はそんな現場を結構見た(笑)
そして、それを聞き取り調査して、目の前で少しずつ癒えていくのを見てしまった。

人間って、捨てたもんじゃないな、と思った。

傷を受けた人ほど、それを乗り越えることができれば、人間として大きく成長できる可能性を秘めている。

ただし、乗り越えられるかどうかは、協力してくれる人に出会えるか、というのも運かもしれない。

一期一会 という言葉があるけど、だからこそ、人との出会いを大事にしたいね。


そんなことを思った5月の朝。

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テーマ : メンタルヘルス - ジャンル : 心と身体

気づいたこと。

うつ ってね。

頑張って頑張って頑張って、何かをやりたい時。

やってるんだけど、できない時。

自分の力ではどうにもならないことを、どうにかしようとしてる時。

そんな時の無力感。

ずばり、これが原因です。


環境を変えたい時とか、本当は逃げるしか道はないんだけど、なんとか頑張って環境の方を変えようとしたりね。

お天気に逆らうみたいなもんでね。

雨がそんなに嫌だったら、もう雨が降らないところに行けばいいんですよ。

ほんとはね。


なんだけど、なかなかそうもいかなくてね。

それか、あきらめるか。


それでも頑張って頑張って、なんとか雨を避けようとする。
雨が降らないようにお祈りしたりとか。

そういう感じです。

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